一章

風が導く旅のはじまり

小さなアパートの一室。

潮 海斗はうしおかいとVRギアをとり、深く息を吸い込んだ。


スマホには妹からのチャット。


潮帆乃夏うしおほのか

『お兄ちゃん、いよいよだね!!うわー、なんか緊張してきた!!』


(何に緊張してるんだか)


つい笑いそうになった。

スマホの画面には、待ち合わせの場所がしっかり書いてある。


『カルディナ海商連邦の首都イストリア中央広場、噴水前!!』


「そろそろだな……行くか。」




ヘッドセットをかぶり、

カプセルを閉じる。

わずかに感じる緊張が

久々に味わう「冒険の始まり」を告げていた。


 


「ログイン。」


 



 


同じ頃、妹の渚も自宅のVRギアを取り付けていた。

日本人には珍しい、白に近い金髪と吸い込まれるような青い瞳。

その髪は普段なら肩までふわっと流しているが、ゲームの中では変えてみてもいいかとちょっとした決意を秘めていた。


 


(お兄ちゃんと冒険楽しみだなぁ)


 


中学になり友達も増え、地方大学に行った大好きな兄との時間はめっきり減ってしまった。


2、3ヶ月に1度は帰ってくるという約束は守ってくれているけど、それまで一緒に過ごして沢山遊んでもらっていたから寂しさは感じる。

でもこのゲームならまた一緒に遊べる。


 


「ふふっ……名一杯楽しむからね!よーし、ログイン!!」


 


 



 


──Welcome to Orveidia Online. 


 



 


海斗はキャラクタークリエイトに頭を悩ませていた。


「名前はランダムでいいや。種族はヒューマン、エルフ、ドワーフ、ビーストフォークに…ドラゴニュートまであるのか。変わり種でオートマタ(魔導機械種)、エインヘリヤル(不死系)、インセクティア(昆虫系)か。うーん…ヒューマンでいいか。後で進化とか色々あるみたいだし。見た目はーうっわ細か!?これは人によっては数日注ぎ込む人居そうだな。ベースはリアルにして、ちょっと髪を伸ばすくらいでいいか。髪色は────」


ちょっと渋めの顔に調整しつつ、笑われない程度に整える。

アバターの身長はリアルと同じ182cm。

そしてスキル選択。


「メインジョブにスキルにステ振り選択肢多いな!?これに後々サブジョブまで付いてくるんだろ?スキルも行動で進化先変わったりするみたいだし適当でいいか。帆乃夏はアタッカーしたいって言ってたからそれを補う感じで───。よしこんなものかな」


海斗は自分が選択したステータスを見直す。




PN:カトル

Lv: 1

Job: デュエリスト

HP:25

MP:20

STR:25

VIT:20

DEX:30

AGI:25

INT:5

Skill

挑発、緊急回避、支援魔法

装備

右:旅人の片手剣

左:旅人のバックラー

頭:レザーフード

胴:レザーチュニック

腰:無し

足:レザーパンツ

アクセサリー:無し



「……なんというか、方向性が定まってないな」



思わず小さく笑ってしまう。だが、妹のサポート役という目的ははっきりしているし、こういうのはやりながら決めていけばいいだろう。

決定ボタンを押すと、目の前の空間がひび割れるようにして──



イストリアの中央広場へと転送された。


 



 


帆乃夏もキャラクター作成に没頭していた。

「種族は、んー、悩むなぁ。ビーストフォークも可愛くなりそうだしなぁ。とりあえずヒューマンでいこうかな。髪は後ろで結ぶ感じがいいかなー。」


リアルではしたことのない髪型に思わずテンションが上がる。


身長はそのまま。小柄で俊敏そうな体型に。


「こんなものかな!」 


帆乃夏は選んだステータスを見直す。




PN:マレア

Lv: 1

Job: アサシン

HP:20

MP:15

STR:35

VIT:15

DEX:35

AGI:25

INT:5

Skill

ハイド、フリートステップ、観察

装備

右:旅人のナイフ

左:旅人のスティレット

頭:レザーフード

胴:レザーチュニック

腰:無し

足:レザーパンツ

アクセサリー:無し



「これで大丈夫かな!楽しみだなぁ!」


決定の瞬間、視界が光に包まれた。


 



 


イストリア中央にある広場、通称はじまりの広場。


光が落ち着き身を開けると、そこはもう仮想世界と呼ぶにはあまりにリアルで、ここがゲームか疑ってしまう。


空気や音、匂いまで現実にいるかのように錯覚する。

これはすごいな…。運営があれほど自信もって紹介するわけだ。




海斗改めカトルは辺りを見回し感動するが、ここははじまりの広場。多くの人が次々とログインしてくる。

邪魔にならないように、場所を移動する。

動きも全然違和感がない。とんでもないぞ、このゲーム。

自分の思った通りに動かせる体に驚きながら、妹の帆乃夏との待ち合わせ場所に向かう。



「さてと、噴水に着いたけどマレアはいるかな?」



カトルは辺りを見渡すが、見える範囲にはその名前のプレイヤーは見当たらないので、事前に登録していたフレンド機能で連絡を取る事にした。



「ステータス画面を開くには、人差し指に中指をクロスさせて振るっと。おぉ、なんか感動するな。」




空中に現れたウィンドウのフレンド欄にはマレアの名前が登録されていたのでもう既にこの世界は来ているようだ。そのまま通話ボタンを押す。




『あ、お兄ちゃん?この世界すごいね!?』


「それは同感だが一旦落ち着けマレア。俺もう噴水前に着いたけどマレアは?」


『あ!結構時間経ってる!?先に着いて待ってたらいい匂いがしてそれに釣られちゃった!直ぐにいくね!あ、美味しい塩焼きあったからお兄ちゃんの分も買っていくね!』


「お!楽しみにしてる。ありがと。ゆっくりでいいから気をつけてな」


『うん!』




そう言って通話が切れる。妹は相変わらずのようだ。

ただ、この賑やかな中に混ざって聞こえる呼び込みの声や、わずかに漂う料理の香りに寄り道したくなるのはわかる。そのまま周りの様子を楽しみながら、暫く待っていると人混みの向こうから、ひときわ明るい声が響いた。



「お兄ちゃーん!」



小柄な影が人々の間を縫うように駆けてくる。髪を結んだ少女──マレアだ。

光の下で、彼女の笑顔がまるで春の風のようにきらめいて見えた。


この仮想世界の中でも、マレアはマレアなんだな……と、自然と頬が緩む。



「お待たせー!」


「大丈夫。それより髪を結んだんだな。似合ってるぞ」


「だよね!可愛いよね!お兄ちゃんは…あんま変わんなね」


「まぁ、いじるの面倒いしいいかなって」


「なるほどね!あ、そうそう!これが塩焼きで───」



マレアは久しぶりにカトルと遊ぶことが嬉しいからか、新たなゲームの世界に興奮してるからか、少し興奮意味に先に見聞きしたことを話していく。


話が落ち着いてきた頃に、俺たちはそれぞれのステータスを確認し合う。



「お兄ちゃん……いったい何を目指してるの?」



マレアがあきれたように俺のステータス画面を覗き込む。

改めて彼女のビルドに目をやると、敏捷と器用さを軸にした、まさに理想的なアサシン構成だった。



「……思った以上にガチビルドだな」



小柄な体に、思いきり攻め特化の数値。

リアルの彼女を知ってるからこそ、そのギャップがやたら印象的だ。でも――だからこそ、きっと彼女は“強くなること”を楽しみにしている。ゲームだからって遊び半分じゃなく、本気で。



「マレアがアタッカーしたいって言ってたから、それを補えるようにって、あれこれ選んでたらこうなった。……正直、自分でもまとまってる気はしないけどな」


「ほんとだよ、お兄ちゃん要領いいのに、こういうとこ妙に適当だよね」


「ははっ。そんなに褒めるなって」


「褒めてないし」


「……ま、でもマレアはアサシンか。似合ってるな。動きもキレそうだし」


「でしょ?じゃあ、一応お兄ちゃんがタンクで、私がアタッカーって感じでいい?」


「最初からそのつもりだったよ。お前が楽しく戦えるように、俺が壁になる」


「ふふっ、頼りにしてますよ、お兄さま〜」


「茶化すな。……で、このあとどうする? 外に出て軽く狩ってみるか?」


「ん〜、それもいいけど……今日は、街の中をのんびり歩きたいな。お兄ちゃんと一緒にこうしてゲームするの、久しぶりだから」


「……ああ。俺も同じ気持ちだよ。せっかくこんな作り込まれてるんだ。この街をしっかり見て回ろう」


「うんっ! 」


「ところで学校の友達とは遊ばないのか? こういうのって誘い合うんじゃないのか?」


「うん、一緒に遊ぶ予定はあるけど……まずはお兄ちゃんと。私はやっぱり、こっちがいちばん楽しみだったから」



そう話しながら、俺たちは街の散策に向かった。

改めてじっくり見ていくと、あまりの作り込みの細かさに思わず感嘆する。すれ違う人々の仕草や表情、話す内容にいたるまで、まるで本物の人間のようだ。

NPC――この世界では大地人と呼ばれている――には、明確な感情が宿っているように見える。会話の抑揚や目の動き、ちょっとした間の取り方までリアルすぎて、もはやプレイヤーと見分けがつかないほどだ。


そんな中で唯一の手がかりになるのが、名前の色。

プレイヤーは青、大地人は緑、敵対的な存在は赤、その他の未分類は黄色……と、視界にだけ浮かぶ小さな識別タグが目印になっている。



「いや、大地人すごいな。本当に生きてるみたいだ。運営、気合い入れすぎだろ……」


「ほんとにね。『人生賭けても終わらない』って言われるのも納得かも」



そんなことを話しながら歩いていると、ふと、通りの先で重たそうに荷物を運んでいるお婆さんの姿が目に入った。



「お兄ちゃん、あのお婆さんが大変そうだから手伝ってあげよ?」



そう言ってマレアはお婆さんに話しかける。



「お婆さん、重たそうですね。私たちが手伝いましょうか?」


「おや、いいのかい?まだ家までは距離があるのだけど…」


「大丈夫ですよ。ね、お兄ちゃん?」


「あぁ。今日この街に来て散策していたところなので、気にせず頼ってください」


「そうなのかい?じゃあお願いしようかね」


「任せて!」



俺たちはお婆さんから荷物を受け取り、共に歩き出した。



「お嬢ちゃん達は渡り人なのかい?」


「渡り人?」



初めて聞く言葉にマレアは聞き返す。



「少し前に、この世界とは別の世界と行き来できる者たちが来るって神託があったんじゃよ。それで私達大地人はその者達を渡り人と読んでいるんじゃよ」


「なるほど。そういうことならそうなりますね」



プレイヤーのことを渡り人と呼んでいるのか。これを機に色々聞いてみるのもいいかもしれない。直接の攻略には関係ないかもしれないが、この世界を知っていくっていうのもいいだろう。それに、マレアも楽しそうに話を聞いているし。そこそこ歩いて丘を登ったところでお婆さんの家に着いたようだ。



「おぉ、ここじゃよ。今回は助かったよ。ありがとねマレアちゃん、カトルちゃん」


「うん!お婆ちゃんも色々教えてくれてありがとう!」


「おかげさまでこの世界について少しだけ知ることができました」


「そうかい?ならよかったよ。そうだちょっと待っててね」



そう言ってお婆さんは家の中に入っていく。そこまで待たずにお婆さんは戻ってきた。



「これはお礼じゃよ。持って行きなさい」



そう言って袋に入ったクッキーをくれた。



「わぁ!いいの?お婆ちゃんありがとう!」


「じゃぁ、またの。二人の旅路に風の導きがあることを願っているよ」


「またねー!!」

 

お婆さんのあたたかな笑顔に手を振り返しながら、俺たちは再び街の方へと歩き出す。その背中に風が吹き抜けた。どこか清々しくて、まるで旅立ちを後押ししてくれるかのような感覚だった。


数歩進んで、ふとマレアが振り返る。



「……お兄ちゃん、また会いに来たいね。あのお婆ちゃんに」


「そうだな。また会えるといいな」



そう言って、俺たちは小さな家をもう一度だけ見やった。

この世界に確かに“暮らし”があって、人々の営みが息づいていることが、静かに心に響いてくる。

 

そんな余韻を抱きながら歩いていると、マレアがパッと笑顔を向けてきた。



「そういえば、さっきのすごく良かったよね。ファンタジーっぽくて!」


「俺もちょうどそう思ってたとこだよ」


どうやら気持ちは同じだったらしい。

ふたりして顔を見合わせて笑う。

 


「これからの冒険がますます楽しみになっちゃった」



ちょうど高台に差しかかったところで、マレアは足を止めて遠くの景色を見渡す。

光の粒が舞うように風に乗り、見下ろす街並みがどこまでも広がっている。

 


「そうだな。知らないことばかりだから──それを調べて、見に行くっていうのもアリだな」

 

「っ!? それ、すっごくいい!!」



いきなり大きな声をあげたマレアにびっくりする。

風に髪をなびかせながら、彼女はきらきらと瞳を輝かせてこちらを見つめてきた。

 


「うん、うん……! お兄ちゃん! 私、見に行きたい!! この未知にあふれた世界を、もっと知りたいの!」

 


その声は風に乗って空へと溶けていくようで──、まるでこの世界そのものが、彼女の言葉に応えているようだった。

陽光を受けて揺れる髪も、まっすぐに伸びるその想いも、全部がまぶしかった。

 

……胸が熱くなる。

気づけば、自然と頷いていた。

 


「じゃあ、見に行くか。人生かけても足りない、この世界を」


「うん! 行こう!!」

 


そう言って、俺たちは笑い合った。

イストリアの空は澄み渡り、風が二人をやさしく包み込む。

遠くで鐘の音が響いていた──。


今日から始まる兄妹の物語を、そっと祝福するように。

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