龍の名は
「りゅう?」
全員の声が、重なった。
「そうだ、洋平……竜神の御名だ」
叔父さんの唇から、吐息が漏れた。
その顔は、不安のような驚きのような──畏怖に満ちた表情だった。
「あ……あ……そうだよ、タカミオだ」
千穂もタカミオも、理解できずに無言。
叔父さんは、ゆっくり話し出した。
「父──そこの爺さんね、父が巳沢村を引き払った時の文書と話の中に出てくる水神様ね。この巳沢村に奉られてた龍神様の御名が、タカミオ様なんだ」
叔父さんは、メモに書いた文字を見せてきた。
【高御尾】
「え、これタカオオじゃないの?」
タカミオが、大声を出した。
「何回か出てきたけど──タカオオだと思ってた」
「はぁ。澪はもうちょっと漢字の勉強だなぁ」
「春休みから、蛇の事件まで変わった事……タカミオが転校してきたこと……?」
叔父さんは、おばちゃんが持ってきた大皿からいただきます、と言ってオニギリを頬張った。
千穂も、大好きな鮭オニギリに手を伸ばした。
「龍神に深い縁がある人間、雪子の因縁の地に龍神の真名が降りた──いや、科学的根拠はないけれど、名前と言うものはこういう場合絶大な力を持つ……偶然にしては出来すぎている、と思わないかい?」
二つ目のオニギリを手にしたタカミオが、叔父さんに向かって手をヒラヒラと振った。
「いやいや、同じ名字がいたから、その場で適当に決められたんだって」
「──それを必然が起こした偶然と言うんだよ、業界ではね。可能性のひとつとしては相当な有効打だよ」
(情報が多すぎる……あだ名が偶然、神様の名前だったってことで良いのかな……)
「つまり。今のところ可能性が高いのは、因縁ある神の真名がこの地に降りたことによる、ルールの破壊か介入……でもそうなると、澪神が降りてる……?澪、なんか変わった事ある?」
「何もないけど、あの夢は見なくなったよ」
「夢?ああ、女の子の夢だったっけ」
「うん。それが、千穂はその女の子そっくりなんだよ。んで──女の子、の目で夢を見てるって」
叔父さんが、そうなの?と言う顔で千穂を見た。
千穂は小さく頷いた。
「私が最近になって見た夢は、自分以外の誰かは居ないの。でも──何か、にお花やお団子を備えて独り言言ってるだけで……」
「俺は逆に『女の子』ばっかり喋ってて、自分は話せなかったんだよ」
「えっと、最後に見た変な夢は」
千穂は鞄からノートを取り出し、確認した。
「ん……あった。夢の中の私が、女の子と赤ちゃんを抱いた女の人に逃げろって言ってて──『ミサワのオカン』のところにいけって」
「そりゃ、高御尾様だな。普段は御神、おかん様って村で呼ばれとったから」
「二代目の文献によると、二代目が数えで七歳の時……雪子が人柱になる前に姉と妹、乳母がいつの間にか居なくなった、という記述があるんですよ」
全員が、無言で考え込んだ。
おばちゃんが、思い付いたようにドクダミ茶を淹れ始めた。
「夢、が何かの暗示だと仮定した場合……澪は龍神、千穂さんは雪子目線での夢と言うことになるんだけど──非科学的だよねえ」
「なんだか壮大な話だけどさ、うちの人の妹の娘が千穂の母親で、巳沢の巫女さんだったんだから無関係じゃないと思うのよ」
「ああ、千夏ちゃんは最後の巫女さんだったからなぁ」
叔父さんの困惑した声が裏返った。
「ええ?父さん、それ大事な情報だよ……千穂さんのお母様が、奉る家……『巳沢家』の末裔ってことかい?」
「大事もなにも、ダムで立ち退きになったんだから、千夏ちゃんだけじゃなくて全員出ていったんだよ」
「そういう事ですか。千穂さん、このように『とるに足らないこと』だから、言わなかったって情報が重大な鍵になる事があるんです。澪も、斎藤さんも──なんでも良いのでとにかく教えてもらえれば……」
「まあ、伊藤家の話なら知ってるよ。曾祖母が九番目の朱墨の当主だったんだから。よっちゃんと、その話を聞いて育ったんだからね」
「なるほど。その辺は後から詰めていくとして、イレギュラーは高御尾様の真名が降りたことと──千穂さんの存在」
「え?私?」
(私の存在って?)
叔父さんは咳払いをして、続けた。
「善悪のはなしじゃないよ。客観的に事実だけで見た場合だからね。伊藤家は、龍神のお気に入りを人柱に出して『怒り』を買った家──巳沢家は龍神を奉って、加護を受ける家。千穂さんは、この矛盾した二つの血が奇跡的に混ざったハイブリッド──そうだろう?」
(龍神の、怒りと加護……浴衣に靴下って変だけど、履いておいて良かった)
千穂は、右足のアザを靴下の上からそっと押さえた。
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