そこらへんの転生農民は魔力の研究に日夜勤しむ。

歩くよもぎ

第1話 元病床の天才は魔力を見つける。




 俺は転生したらしい。


 前世の終わりを嫌になるほど魂に焼き付いている。心臓が急に動かなくなって、息を吸い込んでいるはずなのに酸欠のような苦しみに頭が真っ黒になっていって、それで考えることもできずに、きっと俺は死んだ。


 病気だったのだ。俺は物心ついた頃から常に病室のベッドの上で日々を過ごしていた。デュシェンヌ型筋ジストロフィー、だったかな。名前は。


 大規模な停電で、都合よく俺の病状は悪化して、あえなく撃沈。俺は最低最悪の“死”を味わうことになったわけだ。


 ともかく、俺は赤ん坊へと転生した。


 となれば俺がやるべきことは赤ん坊のうちに後々役に立つであろう才能の萌芽を育てておくことだろう。魔力とかあったら非常に嬉しいので、精々探ってみることにする。


 現代に転生、なら嬉しいんだけどなぁ。


 ぼやけてほぼ何も見えない瞼を閉じ、俺は体内の魔力を探ろうとしてみる。


 やることは簡単だ。前世で覚えている体内の感覚から相似する感覚を除外し、存在しなかった第三の感覚を浮き彫りにさせればいい。


 俺は前世ハンデを背負って生まれたせいか、それ相応の天恵(?)があった。名前はないが、医者が強いて名付けるなら神経感覚統合異常と言っていたか。


 神経感覚統合異常の症状は簡単。感覚バージョンの完全記憶能力。


 なんかそれっぽい英語の名前が欲しいと文句を言ったら、Total Sensory Recall (TSR)と造語が帰ってきた。あの医者は俺の病状を題材に論文を書いているらしかったが、果たして書き終わったんだろうか。


 俺はあらゆる肉体の感覚を完璧に想起する神経異常を患っていた。


 視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、温覚、痛覚、平衡感覚、ありとあらゆる感覚が強制的に脳内に刻み込まれ続ける病状。お陰で俺は身体の動かす精度は異常だった。筋ジストロフィーさえなけりゃ世紀の天才に成れてたと思ったんだけどな。


 集中する。魂に刻まれた記憶から相違するものを弾き出す。


 過去のあらゆる感覚――病院の冷たいシーツの感触、点滴の針が刺さる痛み、電子音の単調な響き、消毒液の匂い――それら全てを高速で脳内で再生し、そのどれとも異なる異質な感覚を探し出すだけの、俺にしかできない簡単な作業。


 …………。


 ……。


 …。


 見つけた。


 どうせ丹田とかその辺りだろうと思っていたがやはりだ。温かいようで、どこか違う謎の塊のようなものがある。肉体に重なるように存在するそれは魔力……でいいのか?


 動かそうとしてみる。


 ピクリともしない。こういう体内に関係する器官は赤ん坊の頃に著しく発達する。目標は決まった。


 魔力を動かせるようになるのが、今世の今のところの目標だな。


 アニメや小説で見た異世界チート主人公に、俺はなることができるのかもしれない。


 ワクワクしてきた。


 旅がしたい。


 青空を眺めて、風を感じながら、地面を踏みしめて、世界を見る。


 俺の魂に自然あふれる世界のありのままを刻みたい。


 本心を言えば、どんな世界だっていいんだ。何も俺はできなかったから、何かをできるなら、俺はそれで満足する。


 目指せ、魔力チートの魔法使いかな。







 

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