神も仏も覚醒も、どうやらフィクションでしか無いらしい
殴られた事よりも、目の前の見るからに喧嘩慣れしていない凛音に、暴力という選択肢が残っていた事に驚く銀髪の男。同じように、栞とルリアも唖然としている。
「何調子コイてんだコラァッ!」
立ち上がりながら、雄叫びのような怒鳴り方をするその男。
殴られた怒りから凄んではいるものの、唐突に現れた未知に体はじゃっかん怯んでいる。
その様子を見ていた凛音は、尚も険のある表情で口を開いた。
「自分は殴んのに、自分が殴られたらキレるって何?」
「あ?」
「だから……都合が良すぎるって言ってんだよ!!」
感情の勢いそのまま叫び声と同時に、彼はもう一度利き手の拳を振り下ろす。
だが、今回は上手く受け身を取った銀髪の男。
圧力を流しながら、体勢を整えて身を
「テメェこそ何なんだよ。一発入れた位でカッコつけんじゃねぇ。死ねッ!」
先程、凛音を殴り飛ばした時以上に速い、体重を拳に乗せた渾身の一撃で彼の顔面を狙うその男。
気絶させる為のその一撃だったが、凛音は際どい位置でひらりとそれを
そのまま、隙だらけの銀髪男に向けて、確実に命中する左フックをお見舞いする。
「……ッ!」
男の唇が切れて、赤黒い血液がたらりと流れ落ちた。
自身の血を指で拭ったその瞬間、嫌でも理解出来てしまう。今起こっているのは、明らかな異常事態だと。
ナヨナヨもやし男と完全に舐め腐っていた男が、まるで自分と喧嘩をしているのだ。構えも、殴り方も、動き全てがド素人のそれなのに、相手の拳は自分に届いて、自分の拳は相手に届かない。
銀髪男の本能が、憤慨で沸騰した脳を冷静にさせる。得体の知れぬ何かに、危機を感じているからだ。
「ハ、ハハッ……え、何彼氏クン。喧嘩とかすんの?めっちゃ意外なんだけど」
軽い口調に戻って、焦りを隠すように飄々とした様子で言う男。
「……は?喧嘩なんかした事無いから」
「んな訳無いでしょ。何それ?どういうキャラ?」
吐き捨てるようにそう口にした凛音に、銀髪の男は冷やかすような笑いを浮かべる。
実際、彼は暴力沙汰と無縁の人生を送って来た。子供の小競り合いのような事は幼少期あったが、暴力と呼べる喧嘩などした事が無い。
では何故、そんな凛音が喧嘩慣れしている不良とまともにタイマンを張れているのか。急に覚醒したとか、異能を授かったとか、そんなアニメの主人公のような理由では無い。現実は、そんな都合良く作られていない。
人間というのは、ただ生きているだけでも脳に制限をかけ続けている。そうでなければ、身体への負担が大きくすぐに壊れてしまうからだ。
しかし、その安全装置は、ある一定の条件で外れてしまう事がある。極限まで集中した時や、生命を脅かされた時──はたまた、過度のストレスが掛かる危機状態に瀕した時などだ。
説明の付かない潜在的なそれを、アスリートであればゾーン、日常生活であれば火事場の馬鹿力と呼ぶ訳だが、それが今の凛音に起こっているだけ。ただ、それだけだ。誰にでも備わっている力で、特別なものじゃない。
だからこそ、奇跡なんて起こらない訳で──
始めの内は、その突飛な力で攻勢に転じていた凛音。
だが、時間を掛ければ掛ける程、その消耗というのも激しい訳で……
「はぁはぁ……」
完全に息が上がっている彼は、上下に揺れる肩を必死に抑え込む。
もしこれが、正真正銘のタイマンだったら、可能性として十分に勝機はあったのかもしれない。少なくとも、銀髪の男に栞達をどうこうする体力は残っていなかったはずだ。
「おい!お前等も手を貸せ!!」
しかし、実際には体力が有り余っている取り巻き二人が残っている。地球人程度の喧嘩では、数に勝る個人など基本的に有り得ないのだ。
リーダー格の男の指示に従い、栞の拘束を外した金髪二人。
そして、凛音の方に寄った男達は、弱った彼に容赦無く拳を打ち込んだ。
そこからはもう、見るも無残なリンチである。
ほぼ無抵抗な凛音に、銀髪も加わって殴る蹴るの止まない雨。
ボロ雑巾にようになった彼に、それぞれが声を大にして哄笑している。
「ざまぁみろカス!調子乗ってカッコつけるからこうなんだろッ!」
「ちょっとは手応えあんのかと思ったけど、ただの雑魚じゃねぇか!」
「なぁ、こんな雑魚置いてさっさと行こうぜ?もう我慢できねぇよ俺!」
口々に凛音への罵倒と嘲笑を浴びせて、この場が下卑た低い笑い声で包まれた。
ただ呆然と眺める事しか出来なくて、絶望感に打ちひしがれている栞。痛みを伴う涙に、もうほとんど前が見えていない。
この世には、神も仏もいないのだ。そして、理不尽は何の前触れもなく襲ってくる。
一通り笑って、それに飽きてしまった三人の男達。
彼等は、栞とルリアの方に向き直って、いよいよ狂気を感じる貼り付けた笑顔で口を開いた。
「それじゃ、今度こそ行こうか!最高の夜にしてあげ──」
「──待、て」
意気揚々と話す銀髪の男だが、もう存在しないものとして扱っていた人間の声に鼓膜を揺らされて、その口を閉ざす。
そして、見るからに怪訝な表情で、
「……ハァ。しつけーなぁ。これ以上茶々入れんなら、マジで殺すぞ」
「はぁ……はぁ……殺せよ。お前に……そんな勇気があんならな……」
よろよろとフラつきながら立ち上がり、血の味が滲む口でそう吐き捨てる凛音。
誰もが強がりだとそう考える文言だが、彼の目はまだ死んでいない。
「……あっそ。じゃあ、マジで殺すから」
言い終わるや否や、銀髪の男は拳を掲げながら凛音に向けて助走を付ける。誰が見ても分かる、加減の知らないその拳。
対する凛音も、力無く上げた手を振り絞った力で何とか握り、迫って来る異常者へ最後の反抗を試みた。
もう結果を見る前から、この行く末など容易に想像が付く。
だからこそ、取り巻きの男達は残虐な笑い声を上げて、心が壊れかかっている栞は力強く目を瞑ったのだ。
そして、互いの拳が交わろうかとしたその刹那。
どう足掻こうが変えようの無い未来をただ一人──神秘的な碧い瞳だけは、その瞬間を見逃さなかった。
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深夜のコンビニで拾った天使のような王女様は、どうやら転生してきたらしい 境ヒデり @hideri46mizu
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