現実の恋愛は、どうやらラブコメにはならないようで

 結局、恋敵──というか、好きな人りおんに持ち帰られた金髪の少女と、同じ書籍を購入してしまった栞。


 モール内に点在する、一息つけそうなベンチに腰を下ろした彼女は、自身の幼稚さと安直さに、買った本を手に持ちながら、本日何度目か分からない深い溜息を吐いて肩を落とした。


「あーもう……ここに来てからずーっと、何やってるんだろ私。この本だって……あの子と張り合うみたいに買った所で、今頃二人は……」


──南君のお家に、手を繋ぎながら帰ってるんだろうなぁ……


 そんな事想像しなければ良いのに、栞の活発な前頭葉が、やけにくっきりと二人の楽し気な戯れを脳内に映し出す。


 恋愛の知識なんて、映画やドラマで得たものしか無い。凛音が、人生で初めて想いを寄せた男の子であり、それまでは恋愛と無関係の生活を送っていたのだから当たり前である。


 映画やドラマで見た恋する乙女達は、皆幸せそうだった。


 辛い事や苦しい事があっても、それすら恋愛の一環として享受し、それぞれが幸せの形を手に入れていたのだ。


 だから、漠然と恋愛という最も太古の概念は、そういうものだと思っていた。もし、自分自身が恋愛をする事になったら、納得のいく幸せの形を手に入れるのだろうと。辛い事や苦しい事が、辛く苦しいまま終わる事は無いのだろうと。


 どうやら、現実は違うらしい。フィクションは、どこまで行っても所詮フィクションなのだ。


 辛い事は、辛いまま。苦しい事は、苦しいまま。幸せどころか、納得のいく終わり方さえさせてくれない。終わりは唐突に、撮影をカットする時みたいにプツっと打ち切られる。


「でも……それはそうだよね。恋愛がそういうものって、知らなくて当然かも。だって──」


──何も成さなかったモブのその後なんて、誰も描かないんだから。


 勝手に惹かれて、勝手に失恋して。正々堂々気持ちをぶつけて玉砕する、負けヒロインですら無い、ただのモブA。


 作品を見ている人間の記憶には一切残らず、そもそも物語にほとんど関与していないから、スピンオフすら作られない。いや、何も無いから、スピンオフを作れない。そんなモブB。


 現実はそんな人間が大概だと言うのに、そんなモブ達がどのようにして自身の気持ちに向き合い、そして見切りをつけているのか。どんな素晴らしい作品でも、それが描かれる事は絶対に無い。理由は明白で、誰も興味が無いから。


「恋愛なんて……しなきゃ良かったな……」


 鬱屈としている感情に身を任せて、思わずそんな事を呟いてしまう。


「ううん、それは違うでしょ栞。南君を好きになってから、毎日が本当に楽しかったし、南君と話せるだけでとっても幸せな気持ちになれたじゃん。そういうのも全部否定するのは……絶対ダメ」


 だが、言葉にしてしまったそれは本音じゃ無いと、彼女自身も良く分かっている。その為、誰に聞かれているでも無いのに聞いているであろう誰かへ、説明するように否定の言葉を並べた。


 栞の心体しんたいをグルグルと巡る、数え切れない様々な思考と、それと感情。


 到底追い付くことの出来ない、先走り過ぎているそれ等に眉をひそめて、目を瞑りながら唸っていると、突如として左の首元に微かな違和感を感じた。


 触ってみてもイマイチその違和感の正体が分からず、やむなく鞄から携帯電話を取り出し、内カメをその場所に向けてスマホの画面に映し出す。


 ヒリヒリとする左側の首筋は、小さな汚い円状に赤みを帯びている。夏などとっくに終わってもう秋だというのに、運悪く虫に刺されてしまったようだ。シャツの第一ボタンを閉めれば首元を覆えるのが、唯一の救い所である。


 いつもなら、この程度で気を落とす事など無い。だが、今日はある意味特別な日であり、これだけ些細な出来事でもほんの少し苛立ってしまい、そしてそれ以上に落ち込んでしまう。


「……多分、今日は何しても全部ダメな日だ。……もう帰ろ」


 きっと今朝のニュース番組にある星座占いのコーナーでは、栞の星座である双子座は最下位だったに違いない。いつもと違う事をしたり、買い物には行くなってアナウンサーが言っていたのだろう。そうじゃ無かったら、もはやクレーム入れるレベル。


 吐き捨てるようにそう呟いた栞は、力の入らない足腰でどうにか重い腰を持ち上げて、おばあちゃんのようにゆっくりと立ち上がる。


 そして、そのまま自宅への帰路に就こうとした時、ふと鼓膜をさすった幼児の声が。


「ママー!今日塾のテスト頑張ったご褒美に、ゲームセンター行きたいっ!!」

「も~調子良いんだから~。仕方ないわねぇ、少しだけよ?」


 子供とその母親が織りなす、他愛も無い普通の会話。


 だが、ネガティブに支配された今の栞にとっては、その微笑ましい普通の会話に、どこか温かな感情を掘り起こされて、ほんの少しだけ元気が貰えた。


──確かに、そうだよね。頑張った日にはご褒美がないと。私は今日……頑張った。そう、頑張ったの。


 何を、という部分はあえて目を瞑り、自身にそう言い聞かせた栞。


 通りすがりの親子に感謝しながら、何もする気が起きなかった体を奮い立たせて、下へ下る為のエスカレーターとは真逆に位置するゲームセンターへと足を踏み出した。


──────────────────


すっごく余談なのですが、いつもは1話書くのに大体2時間くらいなんですね。

ただ、今回のこのお話は、文章にこだわりすぎて4時間位かかりましたビックリです。

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