幻聴モールス
来国アカン子
四月の色、透明な君
Case:3-1
海風は、湿り気と仄かな温度を感じさせるものの、まだ肌寒い。
木造の休憩所から岬と海を眺めて、彼女達の生きている理由とか、生きなきゃいけない理由、死んでない理由、死なない理由、死ねない理由を思い起こす。最後に残るのはやはり、死んだ理由だ。それはとても重要なもので、今の私と密接に関係しているものでもあるのだから。
彼女は言った。幽霊は他者の記憶の中に留まり、思い出を食べることで延命されていく、と。
左手首のブレスレットに触れる。同じ物を二つ、一人の人間が身に着けているというのは、客観的にどのように映っていたのだろう。
背後の足音が、少しずつ遠ざかる。
私もそろそろ、頃合いだろう。心残りといえるものも、先程全て整理し終えたところだ。
一つ気になることがあるとすれば、そう────私も誰かの記憶を食べるのだろうか、ということくらい、だろうか。
鹿児島の最南端、佐多岬────の、北。
名も無い岬。いや、正確には、殆ど誰も名前を知らない岬、と言うべきだろうか。
簡易的ではあるが、木造の休憩所は激しく老朽化しているわけでもない。細い丸太を枠組みに土を踏み固めただけだが、一応階段もある。忘れた頃に、誰かが海を眺めに訪れるのだろう。ちょうど、今日の私達のように。
二〇二五年、四月一日。
午後一時七分。
天気は快晴。岬の先端に立つと、より一層潮の香りが鼻孔を擽ってくる。それに負けじと、海風が優しく髪に触れて去っていく。
スマホを取り出してロックを解除し、ラインを起動する。連絡先一覧に表示されている名前は、一人分しかない。結局これが、私の全てだ。
名前をタップし、言葉を送っても、既読にすらならない。当然だ。電源など入っていないだろうし、そもそも既に解約されていることだろう。
手の力を緩めると、スマホが滑り落ちて足元の岩に弾かれて、眼下の岩肌へと吸い込まれていった。弾けて砕けた板切れは、機械仕掛けの臓物を景気よく盛大に撒き散らしていることだろうが、ここからでは確認できない。
生きてる理由。
生きなきゃいけない理由。
死んでない理由。
死なない理由。
死ねない理由。
死んだ理由。
それらに触れて、出た結論。いや、きっとあの日にはもう、決まっていたことだ。そのための旅路で、そのための過程で、それ故の結論だ。
ここが私の死に場所で、今が私の死に時で、それが私の死ぬ理由。
死に場所探しの、終点だ。
幻聴モールス
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