第7話 拠点選び

ゾルク中心部を車で抜ける。

夜でも昼間のように明るい街。光る看板、ガラス張りの高層ビル群。

通り沿いにはレガト詰所のマークが光り、制服姿の隊員たちが無線を飛ばしていた。


ヴィンは助手席で窓にもたれ、外を睨むように眺めた。

「おいおい……思ったよりレガトだらけじゃん。」


クロエはハンドルを切りながら短く答えた。

「スルーするわ。」


信号を抜けて、大通りから外縁の道へ。

街灯は減り、舗装は割れ、車体が細かく揺れる。

さっきまでの白いネオンが嘘みたいに消え、裸電球が橙色の光を投げていた。


蒸気管が破裂音を立て、煤けた鉄骨の足場が上に複雑に組まれている。

ヴィンは眉をひそめ、鼻を鳴らした。

「さっきと雰囲気違いすぎだろ……。」


クロエは視線を前に固定したまま応えた。

「ここもゾルクよ。レガトは中央にいるの。」


車を停める音が響く。

二人がドアを閉めると、油と香辛料、錆びた水道管の匂いが混じった空気が鼻をついた。

屋台の鉄板からは煙が上がり、子どもたちが裸足で笑いながら駆け抜ける。

その声もすぐに雑踏に吸い込まれていった。


ヴィンは辺りを一瞥して肩をすくめる。

「……雑多すぎない?これもゾルク?」


クロエは歩みを止めず、正面の建物を見上げた。

煤けたコンクリの壁、割れた窓、崩れかけた看板が風に揺れている。

鉄骨階段は錆びて軋む音を立てた。


クロエの口元がわずかに緩む。

「ここがいいわ。」


ヴィンは声を上げた。

「……は? 壊れてんぞ。」


クロエは顎をしゃくるように指を伸ばした。

「外れだからこそ、誰も干渉しない。」

「でも中央にも近い。」

「好きに壊して、好きに作る。」

「私たちの“帰る場所”にするの。」


ヴィンは呆れたように、それでも口元を歪めて笑った。

「改装ってより、改造じゃん。」


クロエは頷く。

「するのよ。」


ヴィンは半笑いで首を振った。

「……金、あんの?」


クロエは一切目を逸らさず、真っ直ぐ言った。

「任せて。」


ヴィンの視線が建物に向かう。

その煤けた壁の向こうに、まだ何もない未来を想像するように。

そして小さく笑った。

「……マジでとんでもない人に拾われたらしい。」


クロエは目を細めた。

「頼りにするわよ、ヴィン。」


ヴィンは肩をすくめたまま、でも少し真面目に頷く。

「……もう付き合うしかないか。」


クロエは短く息を吐き、街の奥を見つめた。

「行きましょう。」


二人は靴の汚れなど気にせずに歩き出す。

油膜を張った足元の水たまりがオレンジの光を鈍く揺らし、二人の影を長く引き伸ばしていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る