第39話 お泊り訓練なんて開催するんですか!?

side由依


 「――あなたたち、調子に乗らないこと」


 マリ先生の声が研究室に響いた瞬間、背筋がしゃんと伸びた。

 

 その口調は穏やかだけど、背後に“とんでもない圧”を隠しているのを、私たち三人は本能で理解していた。


「誠司くんが、他の男子と違うからといって、何をしてもいいわけではありません。もし彼が普通の男子だったら――あなたたちの行動はどうなっていたか、想像してみなさい」

「……っ」


 瑞希ちゃんが目を伏せ、つぐみちゃんがわずかに肩をすくめる。

 

 そして私は――胸に、針でちくりと刺されたみたいな罪悪感を覚えていた。


 たしかに、ちょっと調子に乗ってたかもしれない……。誠司くんは優しいから、つい甘えて、油断して……思い返せば、お泊まりだって「特別扱い」されて当然みたいな気持ちがどこかにあった。

 

 けど、マリ先生の一言で、そんな自分を恥ずかしく思う。


「……はい、気を付けます」

「わたしも、反省します」

「……調子に乗りすぎました」


 三人で揃って頭を下げると、先生は軽くため息をついて――次の言葉を放った。


「ただ――どうしても泊まりたいなら、『お泊まりデート訓練』の申請をしなさい」


「……え?」

「おとまり……デート訓練……?」


 一瞬、頭の中が真っ白になった。

 

 でも、意味を理解した瞬間、私は反射的に手を挙げていた。


「やります! ぜひやらせてください!」

「わ、わたしも!」

「当然、私も!」


 瑞希ちゃんとつぐみちゃんも同時に挙手。

 

 私たち三人の手が、教室の天井に突き刺さる勢いで伸びた。


「……はいはい、気持ちは分かりますが――三人いっぺんにはダメです」


 マリ先生は苦笑しながら、ぴしゃりと釘を刺す。


「ルールは一人ずつ。誠司くんの家に泊まるのは、きちんと申請した上で。それと、本人の了承を取ってからにします」

「……本人の了承、ですか」

「……じゃあ、先生が確認してくれるんですか?」

「ええ。私が直接、誠司くんに聞きます」


 マリ先生は「とりあえず解散」と言って私達を研究室から退出させた。


 誠司君、OKしてくれるかな?そう思いながら、私達は教室へ戻るのだった。









 「――誠司くん、少し時間あるかしら?」


 放課後、また研究室に呼び出されて、俺はすでに心臓が不穏なドラムを刻んでいた。

 

「え、あの……僕、何かしました?」

「まだ何もしていないわよ。ただ――提案があるの」


 マリ先生は、にっこりと微笑んでから爆弾を落とした。


「『お泊まりデート訓練』をやってみない?」

「……はい?」


 耳を疑った。いや、今のワード、空耳じゃないよな?


「お、お泊まり……? で、デート訓練って……?」

「そう。女の子が君の家に泊まって、模擬的に共同生活を体験する。実地演習みたいなものよ」


 やめてください、その穏やかな声色でとんでもない単語を並べるの。心臓に悪いから。


「ま、まさか……三人同時に来るんですか?」

「さすがにそれはしないわ」


 マリ先生はクスクス笑って首を横に振った。


「一人ずつよ。三人まとめてなんてしたら、君が朝を迎える前に白骨化してしまうでしょう?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。僕を勝手に犠牲者ルートにしないでください!」

「でも図星でしょう?」

「……まあ、想像はつきますけど!」


 はっきり言って助かった。三人同時なんてなったら、絶対に俺の寿命が三分の一に縮むところだった。


「で、どうする? 受けるかしら?」

「……一人ずつなら……まあ、訓練っていうなら……」

「承諾、ということでいいのね?」

「う、うーん……はい」


 気の抜けた返事をしてしまった。

 

 でもマリ先生は「良かったわ」と満足げに頷いて、すぐに次の予定を告げてきた。


「じゃあ放課後にもう一度、研究室に寄って。詳しい日程を調整しましょう」

「え、また今日ですか?」

「ええ、もちろん」


 俺は思わず、天井を仰いだ。

 

 なぜだ、なぜ俺は毎日ここに呼び出され続けるのだ。研究室、完全に俺のセカンドホームになりつつあるんだけど。


「……これ、また面倒なことになりそうだなぁ」


 ため息をつきながら研究室を後にする俺の背中に、マリ先生のくすくす笑いが追いかけてきた。

 

 それは妙に“楽しんでる大人”の笑い方で、俺はますます不安になるのだった。

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