第33話 マリ先生のお説教と、危険な放課後デート

「――ったく、信じられないわよ……!」


 マリ先生の低音ボイスが、研究室内に静かに響いた。


 俺とつぐみと由依さんは、先生の机の前に並んで正座中である。いや、正確には由依さんは椅子に座らされてるが、つぐみと俺は床直座り。明らかに待遇が違う。たぶん被害者枠なんだろう、由依さんは。


「教室で色仕掛けして、あーん合戦して、挙句にスカートまで……! なに考えてるの!? ここは学校、訓練校でしょ!? 真面目に! 本当に!」

「え、えへへ~反省してまーす♡」


 つぐみ、全然反省してない顔。むしろ褒められたと思ってるレベル。


「うう……すみません……私、つい……」


 由依さんは顔を赤くして目を伏せる。可愛い。が、今はその可愛さが問題の発端でもある。


 俺? 俺はというと、ただただ土下座スタイルで硬直していた。


「……誠司君、貴方もよ?」

「は、はい……すみませんでした」

「なによ、先生。ダーリンは悪くないじゃん。振り回された被害者でしょ~?」

「どの口が言うのよ、その口であーんとかしてたくせに」

「だってぇ、ダーリンがあーんってしてほしそうな顔してたから……♡」

「……誰がダーリンだよ」


 ツッコむ元気すらなかった。俺の体力とメンタルは、今日の昼でほぼ全て使い果たしている。


「誠司君も“やめて”って言ってよかったのよ?」


 マリ先生がジト目でこっちを見る。正論だ。が、だがしかし。


「そ、それは……なんかその……空気的に……」

「空気ってなに、空気って。あーんされながら空気読む男とか、初めて見たわよ」

「読まなきゃ怖いんですって……あの二人の空気は……!」


 俺は叫びたい気持ちを抑えて、ひたすら深々と頭を下げた。だって、あんなの断れるわけがない。


 誘惑の渦の中に、完全に飲み込まれていたんだから。


 やがて説教は終わり、つぐみと由依さんは退室。


 俺だけがその場に呼び止められた。


「誠司君、あんたね」


 マリ先生がため息をつく。その姿は、さながら“呆れた母親”って感じだった。


「よくもまあ、大衆の面前で、あんな大胆なことを……」

「……ほんと、申し訳ないです……」

「つぐみはともかく、あの由依ちゃんまで乗ってくるとは思わなかったわよ」

「そ、そうですね……正直、俺も驚きました……」


 先生はひとつ溜息をついて、俺の頭を軽くぽんと叩いた。


「とにかく、気を付けなさい。次やったら、反省文だからね」


 ……ああ、なんてことだ。


 俺の青春は、訓練校じゃなくて、完全に“修羅場コース”に入っていたんだ。


 俺は小さく頭を下げて、研究室を後にするのだった。









 放課後、俺は帰ろうと校門に向かう。


「……遅いよ、誠司くん」


 校門を出たその先に、腕組み&頬ぷくーな由依さんが仁王立ちしていた。


「ゆ、由依さん!? な、なんでここに……」

「何でって、今日の放課後……忘れてないよね?」


 あ。やばい。完全に忘れてた。……放課後デート訓練だった。


 俺の背中に冷たい汗がツーッと流れるのを感じた。


「あ、いや、えっと、その……」

「まさか忘れてたなんて……」

「い、いや……その……いまから行く気マンマンです!!」


 俺は慌てて胸ポケットのインカムを取り出して装着。あぶねぇ、つぐみの一件で全部頭から離れしまっていた。


 このまま帰ってたら、完全にアウトだっただろう。


「ふふ。ならよろしい」


 ご機嫌を取り戻した由依さんは、腕を組んできた。柔らかい感触が二の腕に当たる。物理的に誘惑してくるのやめてください。


「……ちなみに、今日のつぐみさんの件。瑞希さんにも報告済みだから。ちゃんと、覚悟してね?」

「ぶふっ……!」


 それを聞いて、俺の背中が凍るように冷たくなった。

 

 背筋が凍るって、こういうこと言うんだろうな。


「ま、今日はとりあえず、私の買い物に付き合ってもらうから」

「わ、わかりました」


 そう言って由依さんは、俺の手を引いた。まるで、俺の逃げ道を全部塞いでるような強さだった。


 連れてこられたのは、近くの大型デパートの中にあるオシャレなコスメショップ。


 俺は場違い感MAXで、完全に浮いてた。というか、この空間、ほぼ女子しかいない。すれ違う客の目線がチクチク刺さる。


「こ、こんなとこ……男子がいていい場所じゃないよな……」

「誠司くんは“彼女のために付き添いで来た彼氏”って顔してればいいの」

「り、了解であります」


 しかも、そういう“顔”ってどうやればいいんだよ……!


 と、そんなことを考えているうちに、由依さんが香水コーナーで立ち止まる。


「ねえ、これとこれ……どっちがいいと思う?」


 そう言って、小瓶をふたつ手に取る。


 ひとつは甘いバニラ系、もう1つは柑橘系の爽やかな香りだった。


 くんくん……と香りを嗅ぎ比べながら、俺は真剣に悩む。これは地味に難問だ。答えを間違えると今後の生活に支障が出そうなレベル。


「うーん……こっち、かな?」


 そう言って俺が指さしたのは、爽やかな柑橘系のほうだった。理由? 理性が勝ったんだよ。甘いやつ選んだら夜が怖い。


「ふふっ。そっか。誠司くんがそう言うなら、こっちにするね」


 由依さんは、嬉しそうに微笑んでその香水をレジに持っていった。


 その笑顔に、少しだけ心がほぐれる――が、平穏は長く続かなかった。


「…………!?」


 お店の外を見覚えのあるギャル風メイクで、制服を着崩した女の子が通り過ぎる。


 まさか……いま、目の前を通り過ぎたのって――つぐみ!?


 背筋を寒気が駆け抜ける。


 まさかついてきたのか!?


 あの子、どこまでアグレッシブなんだよ……GPSでも仕込まれてるのか?


 と、焦ってるところに、由依さんがくるりと振り返った。


「……どうかした?」

「い、いや、な、なんでもないよ!」


 絶対見られてないはず。俺の心の動揺も香水でカモフラージュされてるはず……きっと。


「ふーん……まあ、いっか。じゃあ、次行こうね」

「わかりました」


 にっこり微笑む由依さん。その笑みの裏に、ちょっとだけ含みがあるのは……気のせいじゃない気がした。


 ……ああ、頼むから誰か俺に、平穏という名のデバフをかけてくれ。

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