第16話 誠司くんは、やっぱり特別な人

「え、2人とも、初顔合わせなんだ……」


 思わず口をついて出た言葉に、向かい合って弁当を広げる由依さんと瑞希さんが同時にこちらを向いた。


「ええ。正式には、今日がはじめましてになりますね」

「でも、名前は知ってました。学年でも有名ですから……お互いに」


 瑞希さんは落ち着いた声で、由依さんはやや緊張した面持ちで、それぞれ頷いた。


「そっか。なんかもう、昔からの知り合いみたいに盛り上がってたから……面識あったのかと」

「ふふっ。たぶん、同じ訓練を受けてる者同士ってだけで、自然と話が弾むのかもしれませんね」


 そう言いながら、瑞希さんが弁当のふたを丁寧に開ける。中身は見事なバランス弁当で、俺の好物の卵焼きが黄金色に輝いていた。


「うん、なるほど……でも、ちょっと仲良くなるの早すぎない?」


 俺の素朴な疑問に、今度は由依さんが少しだけ照れたように笑った。


「瑞希さん、すごく話しやすいんです。私、もともと人見知りなのに……なんだか安心しちゃって」

「……こちらこそ。あなたの話し方は、私の知っている訓練生とはまた違って、柔らかくて落ち着くというか……」


 ん? なんか俺の存在、すでに脇役っぽい空気になってない?


 俺は取り残された感を抱えながらも、二人のやりとりに耳を傾けた。


「それにしても……お弁当、どっちもめちゃくちゃ美味しかったです。正直、甲乙つけがたい……」

「そ、そんなことしませんよ!?」

「ええ、私は評価を求めたわけではありません」


 とは言いつつ、2人ともほんのり期待した目で見てくるのはやめてくれ。胃袋に重圧がかかる。


「でも、喜んでもらえてよかったです。また作ってきますね!」

「私も、同じく。明日からも、よければ受け取ってください」


 ……あ。今の流れは、良くない。


 このままでは、どっちが俺の弁当を作って来るかで言い争いになりかねない。それだけは絶対避けなければ……。

 

「ちょ、ちょっと待って。いや、ほんと、ありがたいし嬉しいし、君たちの気持ちも尊いけどさ……さすがに毎日ふたり分は、俺の胃がLPS訓練じゃなくてグルメ特訓になっちゃうから」

「じゃあ、どうすれば……」

「どちらを選ぶか、ですか?」


 瑞希さん、さらっと怖いこと言った。俺は必死に両手を振って、場を収めようとする。


「違う違う、選ばない! っていうか、選べない! どっちも最高だったから! だからさ……交代制でどう?」


「交代制……?」

「つまり、明日はどちらか一人だけが持ってくる、ということ?」

「そうそう。そうすれば、俺の胃袋も破裂しないし、二人のありがたみもしっかり味わえるし、一石二鳥!」


 ちょっとだけ沈黙。


 けれど。


「……公平で、理にかなってると思います」

「うん、それなら私も納得できます」


 ふぅ、危機回避成功。


 ……と思いきや。


「じゃあ、交代は日替わりで。私、偶数日で」

「じゃあ私は奇数日。なんかお弁当帳でもつけましょうか?」

「そこまで本気なの!?」


 まさかの弁当当番制が始まりそうな気配に、俺は少しだけ戦慄した。


 ……でも、ふたりがこうして仲良くしてくれてるのは、正直、悪い気はしない。というか、ちょっと嬉しい。


 訓練生っていう立場で、互いに張り合うことも多いはずなのに、こんな風にちゃんと話せて、歩み寄ってくれて。


 この日、俺の昼休みは、異様に長く、そして心温まるものになっていた。






side由依

 

 放課後の図書館。

 

 人影もまばらな静かな空間で待っていると、そこに1人の女子生徒がやって来る。


「芹沢さん、何かご用でしょうか?」


 瑞希さんが、少し警戒したような視線をこちらに向けてくる。


「ええ、大丈夫。呼び出しちゃってごめんなさい。でも、ちゃんとお話したいなって思って」

「お話ですか?」


 私はできるだけ穏やかな声で言う。誠司くんを取り合うような喧嘩をするつもりは、毛頭ない。

 

 むしろ――その逆。


「仲良くなりたいの。同じLPS訓練生としても、同じ女の子同士としても、後名前で呼び合いたいな!って」


 瑞希さんの眉がわずかに動いた。けれど、それは敵意ではなかった。


「……てっきり、宣戦布告かと」

「そ、それは違いますっ!」

「ふふ。冗談です。分かりました。……では、情報交換といきましょうか」


 私たちは並んで座る。木の机の上に、女子の会話だけが落ちていく。


「それで。由依さんってどんな訓練だったんですか?」

「えっ、どこから話せば……あ、じゃあ初デートのことから」


 私はこくりと頷き、誠司くんとの思い出をひとつひとつ語っていく。


「初めてのデートで……服屋さんに行って、おすすめされた服を着て。あと、私、男子と歩くのも初めてだったの。だからすごく緊張してたけど……誠司くん、無理に触れてこないで、ずっと距離を合わせてくれて」

「……なるほど。気配りの達人ですね、あの方は」

「そうなの。それに、プレゼントまで選んでくれて。帰りも、ちゃんと最後まで送ってくれて……」

「もう、それは完全に優良物件の一ノ瀬さんですね」

「ええっ、物件って……!」

「では、今度は私の番です」


 瑞希さんが、椅子の背もたれに背を預けながら話し始めた。


「私は……最初、訓練は結果がすべてだと考えていました。ですが、一ノ瀬さんに『それじゃ相手が楽しくない』と言われまして」

「誠司くん、そんなことまで……」

「ええ。言われたその時は、正直腑に落ちませんでした。でも、一緒にウサギカフェに行ったとき、やっとその意味が分かって……」

「ウサギカフェいいなー」

「はい。ふわふわでした。店員もウサギも」

「可愛い……行ってみたい……」


 想像しただけで、ふにゃっと頬が緩む。けれど、瑞希さんは少し声を潜めて続けた。


「ただ、少しトラブルがありまして……」

「トラブル?」

「……あの、スカートを……その……」

「あー、パンツ見せちゃったんだね……」

「…………えっ?」


 瑞希さんの目がカッと見開かれる。やばい、これはマズい。


「ち、違うの! 誠司くんが変なことしたとかじゃなくて! 話の流れでちょっと聞こえただけで!」

「なぜそんなデリケートな話題が“ちょっと”流れてるんですかこの世界は……」

「ご、ごめんなさい……!」


 私が深々と頭を下げると、瑞希さんは深いため息をついてから、肩をすくめた。


「まぁ、一ノ瀬さんだったから、何ともなかったんですけどね」

「えっ、そうなの!?」

「はい。……あの方は、他の男と違って、ちゃんと理性がある。驚いて目を背けてくれる、あの反応……一ノ瀬さんにしかできません」


 その言葉に、私はこくりと頷いた。


「うん……本当に、誠司くんって、誠実だよね。私も……もっと彼のこと、信頼してるし、ちゃんとリードしていきたいなって思ってる」

「私もです。……だから、切磋琢磨しましょう。ライバルとしても、仲間としても」

「よろしくお願いします、瑞希さん!」

「こちらこそ、由依さん」


 そうして、私たちは握手をした。それは、戦いの約束じゃなくて――協力の合図だった。


 沈黙。ふたりで静かに、本を開くでもなく、窓の外を見ていたそのとき――


「……へえー、ふたりで随分と、甘酸っぱく盛り上がってるじゃない?」


 聞き慣れた、けれど空気をまるで読まない声が、図書室に響いた。


「マリ、先生!?」

「どこから聞いてたんですか!?」


 瑞希さんと私は、同時に立ち上がった。

 扉の影からぬっと現れたのは、白衣姿の我らが訓練担当――マリ先生。手には、どう見ても用がなさそうな分厚い医学書。絶対読みかけじゃない。


「ん~? ちょっと前から? なんか図書室で密会してるって風の噂があってさー、そりゃ気になるじゃない?」


 それは盗み聞きとは言わないんですかと喉まで出かかったけれど、瑞希さんは無言で白衣の裾をぎゅっと掴んでいた。……さすが、常識人。


「でね、話は全部聞かせてもらった上で、思いついちゃったの。名案」


 マリ先生が指を立てて、どや顔で言う。


「ずばり、Wデート訓練ってやつ、やってみない?」

「「W……デート……?」」

 

 私と瑞希さんの声が、図書室に二重に響いた。


「ほら、ふたりとも誠司君と個別には訓練してるわけじゃない? だったらさ、その“距離感の違う二人”が同時に彼と接するとどうなるのか――これ、心理的応用訓練としてすごく良いデータになるのよ?」


 目がキラッキラしている。完全に研究者の顔だった。怖い。


「で、でも、三人でデートって、それって……」

「え? なに、倫理的にどうとか言いたいわけ?」

「いえ……倫理的にはセーフだと思いますが……ただ、その、恥ずかしいだけで……」


 瑞希さんが頬を少し赤く染めて言う。え、かわいい。


「複数ヒロインデートも基礎訓練に組み込みたいと思ってたのよ♪」

「そ、そうなんですね」

「で、どうする? やってみる?」


 マリ先生の視線が、私と瑞希さんを往復する。


 一瞬だけ、目が合う。瑞希さんは、小さく肩をすくめてから――くすっと笑った。


「わかりました。その提案に賛成します先生」

「わ、私も……やってみたいです。三人で、デート……!」

「は~い、決まり! では明日、研究室にきて頂戴。誠司君がOKなら、LPS訓練公式扱いにしましょう!」


 そう言い残すと、先生は図書室の奥にそそくさと引っ込んでいった。医学書を開くでもなく、ニヤニヤと口元を緩ませながら。


「……あの先生、本気で楽しんでますね」

「うん。ちょっと楽しそうすぎて、怖いけど……」


 でも、胸の奥が、少しだけ、温かくなっていた。きっと楽しい時間になる。








 放課後の図書館を後にした私と瑞希さんは、校門の前で自然と足を止めていた。


「じゃあ、また明日」

「ええ。また明日」


 瑞希さんが軽く頷いて、歩き出していく。まっすぐで、どこか迷いのない背中。けれどその姿が角を曲がって見えなくなったとき、私は小さく息を吐いた。


「……はあ、緊張した……」


 思っていたよりずっと、話しやすい人だった。遠目に見ていた時は、なんだかこう、氷のように近寄りがたい雰囲気があって。近づいたら凍傷になっちゃいそうな、そんな印象だったのに。


 でも、瑞希さんの話を思い出すと、自然と頬が緩んだ。


 ウサギカフェで、誠司くんとふたり、ふわふわのウサギたちに囲まれて。膝に乗ってきた子を撫でて、誠司さんがそれを見て笑っていたって。


 想像するだけで、胸がくすぐったくなるような、優しい気持ちが広がっていく。


 そのときの瑞希さんの顔は、どこか楽しそうで――少し、羨ましかった。


 でも……ごめんなさい、瑞希さん。私は誠司くんの家にお邪魔したことがある。


 カレーをご馳走になって、誠司くんの妹さんと話して、ちょっとした……秘密を共有したことも。


 この思い出は、もう少し心の奥にしまっておこう。


「それにしても明日、どうなるかな? 三人での訓練デートって……。」


 1人の女の子の対応が大変なのに、2人って大丈夫なのかな?


 でもマリ先生がああいうなら大丈夫ってことだよね。


「頑張らなきゃ」


 私は気合を入れ直して、夕暮れの帰り道を、ひとり歩いていった。

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