第4話 |初任務は波乱万丈でしたが、なぜか好感度が上がった件

 その後俺たちは、昼食を共にし、スイーツを分け合い、帽子を見たり、アクセサリーを試したり、時には一緒にゲームセンターで景品に挑戦したりと、陽が傾くまで、まるで本物のカップルのように過ごしていた。


 実際には“LPS訓練対象者同士の交際模擬訓練”という、めちゃくちゃお堅い公務なんだけど。


 とはいえ、楽しい時間はあっという間に過ぎる。


「やばっ、もうすぐ時間切れです!」


 突然、由依さんがスマホを見て叫ぶ。


「もう、十五時三十分か」

「そうですね。レポートもあるので……そろそろ」

「じゃあ、今日はお開きですね」

「はい、ありがとうございました!」


 LPSの訓練は16時に終わらないといけない。理由は昔LPSの男子が夜になって豹変した女性に、ホテルに連れ込まれた事案があったんだとか……。


 ショッピングモールを出た俺達は、最寄りの駅まで向かうと、改札口の前で、由依さんは少しだけ名残惜しそうにこちらを振り向いた。


「今日は、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。……その、ちゃんと訓練になってたなら、よかったですけど」

「すごく、すごく、ためになりましたっ。手をつなぐときのタイミングとか、リードの仕方とか、あと、お店での対応とか……」


 小さく拳を握りしめて震える彼女を見て、胸がちょっとだけ温かくなる。


「私、もっと頑張りますから! だから……次の訓練も、またお願いしますっ!」

「うん。また俺と当たったらね」

「それじゃあ、LPSログ、提出忘れないようにしてくださいね!」

「そっちも……親御さんのサインいるんでしたっけ?」

「はい……ほんと、嫌になりますよね。『訓練中に触れた回数』『相手の反応』『自分の心理状態の変化』、それ全部、親に見られるんですから」

「プライバシーどこ行ったんだよ……」


 そう愚痴り合いながらも、俺たちは軽く会釈し、由依さんは改札を駆け抜けていった。


 手を振る背中が、ゆっくりと人混みに消えていく。


「……ふぅ……ようやく終わったぁ」


 ようやく肩の荷が下りた気がして、近くのベンチに腰を下ろす。


「おつかれー」


 見上げると、私服姿のマリ先生がペットボトルを差し出していた。


「まだいたんですか。マリ先生」

「そりゃ見届けるまでが仕事だからね。ほら、飲みなさい」

「……ありがとうございます」


 甘めの炭酸ジュースが、疲れた体に染み渡る。


「で、どうだった?」

「うーん、まあ……由依さんは頑張ってました。最初はだいぶ空回ってましたけど、途中からはだいぶ……それっぽくなってたかなって」

「うんうん、誠司君のアシストばっちりだったよー」


 マリ先生が親指を立ててくる。その顔は、どこか自慢げだ。


「これで終わりですね……はー、やっと自由だ……」

「は?」

「へ?」

「何言ってんの? まだこれからも由依ちゃんの訓練、続きあるし。他にも女の子何人か予定してるし?」

「え、終わったんじゃ……」

「まさか。誠司くんには今月いっぱいで由依さんと合わせて2名分の訓練が組まれてるから。ていうか、ちゃんと覚えておいて。あとで訓練報酬の申請もあるし」

「訓練報酬……?」

「あれ?説明してなかったけ?リード率と心理安定度のデータが一定以上なら、ちゃんと月ごとに手当出るから。ちなみに誠司君は今日だけでベースレートの1.4倍は稼いでると思うよ?」

「マジっすか」

「マジ。これが国家公務のいいとこ! にしても流石誠司君、私が見込んだだけの事はあるわー」


 そう言いながら、マリ先生は俺の背中をぽんぽんと何度も叩く。


「ちょ、先生、叩きすぎ、叩きすぎ!」

「はい、次もよろしくねLPSくん♪」


 そう言って、マリ先生は俺の前から去って行った。


 はぁ……、これから俺、どうなるんだろ……。










side由依


 玄関を開けた瞬間、私の顔を見るなり、お母さんがふーっと長い息を吐いた。


「おかえり由依。……無事で、よかった」


 お父さんも珍しくテレビから目を離し、私をちらりと見てから、ほんの少しだけ笑った。


「どうだった、初デートは」

「で、デートって言わないでよ! 確かに交際訓練だけど、国家の、未来のための……」

「大事な交際実地研修、だろ?」


 お母さんのその緩んだ顔、ぜったいわかってて言ってる!


「……もうっ!」


 とにかく、私は挨拶だけすませると、部屋に飛び込んだ。ドアを閉めた瞬間――


「っあ~~~~~~~~~~~~!!!」


 ベッドに倒れ込んで、そのまま全身を大の字にして叫んだ。


「し、しんどかった……っ! 緊張したあああああ!!」


 喉がかすれるほど叫んでから、私はひとつ、深呼吸をする。


 今日は、LPS(Limited Partnering Scheme)制度に基づいた、記念すべき初訓練日。


 選ばれたペアは午前十時から午後四時までの六時間、指定エリア内で“交際体験”を実施。その後、各自が実施報告書を提出し、保護者が内容確認の署名を行う義務がある。


「しかも……この報告書、接触回数とか、話題の傾向とか……がっつり書かされるんだよね……」


 私は机に置いたLPSマニュアルをぺらぺらとめくる。


『(例)手をつないだ回数:4回 内容:横断歩道、店内誘導、ベンチでの休憩時ほか』


「ちょっ……なんでこんなレンタル彼氏の利用明細みたいな……」


 いや、そもそもこれは“恋愛体験を通じ、社会的成熟を目的とした、れっきとした国策だ。


 わかってる。わかってるけど!もっとプライバシーとかないの!?


「それにしても……結局、誠司くんにリードされっぱなしだった……」


 あれもこれも、全部、私が男子との接触なんて、ろくにしたことなかったから。

 

 だって、男子との接触は禁止だったんだもん。


 “女子は肉食で、男子は繊細”。そんなのは今さら説明するまでもない常識だけど、それでも家庭によっては厳しさが違って、うちは特にそうだった。男子との接触は、高等部に上がるまで原則禁止。理由は簡単、下手に接触して男子の心を傷つけたら、家門に傷がつくって――。


 けど、それが解除された。理由は……LPS計画。


 ――女子たちが男子に適切な接し方を学ぶための、交際訓練。


 しかも相手は、“実地訓練に適した男子”として特別に選ばれた、誠司くん。


「誠司くん、優しすぎでしょ……」


 私が戸惑って、うまくエスコートできなくて、言葉につまっても。

 

 嫌な顔ひとつせずに、フォローしてくれて。

 

 それどころか、逆にこっちがリードされちゃって。


「はあ……悔しい……でも……」


 でも、なんだろう。誠司くんに手を引かれて歩いた時間、嫌じゃなかった。

 

 いや、むしろ……なんだか、すごく、あったかくて。


「っ……ばか……私、何考えてるの……っ」


 顔を枕に埋めながら、ごろごろとベッドの上を転がる。


「……誠司くんのこと、もっと知りたい……かも……」


 ああもう、なんなのこの気持ち。

 

 私、どうしちゃったの……!?


 






「ただいまー……」


 靴を脱ぐやいなや、妹の花林がダダダッと走ってくる。


「おかえり兄貴! で、どうだった!?  LPSの実地訓練って、どんな感じ!? 相手の子かわいかった!? なんか手繋いだ!? もしくは告白された!?」

「待て待て!? ちょっと一個ずつ頼む!」


 俺は手を振って距離を取りつつ、廊下を抜けてリビングへ。


「はいはい花林、兄さんが報告書書く前に余計なこと聞かないの」


 ぶーと不貞腐れる花林を横目に、俺はレポート用紙を広げる。


「……それ、LPSレポート用紙?」

「ええ、誠司と由依ちゃんの分、両方ね。保護者同意が必要なんだから、こっちも真剣よ。時間配分、接触回数、会話の内容、感情の推移……ちゃんと記録してね」

「お役所仕事だな、これ……」


 ため息をつきつつも、椅子に腰掛ける。


「これ、しっかり書くと手当つくから」

「分かってるよ。にしても本当に面倒だな……」

「面倒くさいなんて言わない! ちゃんと公務なんだから! 国の未来のための」


 母の目が光る。


「はいはい、公務でした」


 どっと疲れて、俺はレポート用紙をじっと見つめた。今日あったことを、順を追って、感情抜きに記録する。


 にしても、由依さん、頑張ってたな。俺もうまくやれるといいな。


 そう思いながら、俺はレポートを書いていたのだった。



——— ——— ——— ———


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