第20話 あの子を好きになっちゃいけないって誰が決めたの?


放課後、人気のない音楽室の隅。

窓際のピアノ椅子に、音無妃芽が腰掛けていた。

その横に立っていたのは、

中学のころからの付き合いになる幼なじみ、綿貫小凪。

「話って、ここでいいの?」

「うん、教室じゃ落ち着かないし……」

妃芽は手のひらを見つめながら、ぽつりと言った。

「……真悠のこと、私、好きかもしれない」

その言葉に、小凪は驚いたふうもせず、

ただゆっくりとまばたきしただけだった。

「……やっと、言えたね」

「え……?」

「ずっとわかってたよ。妃芽、真悠の話するとき、目がぜんぜん違ったもん」

妃芽は、ふっと笑った。

「さすがに、隠しきれてなかったか」

「ううん、たぶん妃芽自身が“気づかないふり”してたんだよ。

 あの子といると、妃芽は……素になってたから」

「……でもね、好きになっちゃいけないって思ってた」

「なんで?」

「だって、私……いつも誰かの“好き”を奪ってきた気がするの。

 真悠が好きになった人、私の方を見て……。

 そのたびに、あの子が後ろに下がって、笑って、

 それで、何も言わずにいてくれて……」

声が震えていた。

「今度ばかりは、私が引かなくちゃいけないって思ってた。

 でも……引けない。

 好きになっちゃったんだよ、真悠のこと」

小凪はしばらく黙っていたが、

やがてピアノの鍵盤に優しく手を置きながら言った。

「恋ってさ、“譲らなきゃいけない”ものじゃないよ」

「……」

「真悠があんたをどう思ってるかなんて、

 あんたが勝手に決めつけることじゃない。

 それに、もし真悠が妃芽のことを好きなら……

 それってもう、“奪った”とかじゃないよ。

 選び合っただけ」

妃芽は小さく息をのんだ。

「……そう、なのかな」

「うん。

 あんたがその恋を“していいかどうか”じゃなくて、

 “したいかどうか”だけでいいじゃん」

ピアノの音もない、誰もいない放課後。

だけどその言葉は、妃芽の胸に確かに届いた。

「……ありがとう、小凪」

「素直になって損すること、真悠はしないよ。

 あの子、ちゃんと見てくれる人だから」

妃芽は静かにうなずいた。

この恋が、どんな形になろうと。

もう、怖がってごまかすのはやめようと思った。

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