ユーディキウムサーガ・異世界転生譚 父親に捨てられた少年は好きになった少女のために最強の剣士を目指す
ムラタカ
第1話 辺境の村育ちの少年、シェイン
何処までも続く真っ白な世界
地平線なんてない、ただただ白いだけの世界が広がっている。
上も下も左も右もない。
白色だけで満たされた世界、いつからそこに俺はいたのか、生まれた頃からそうなのか、それとも生まれる前からなのかそれもわからない。
前後の感覚も無く自分が曖昧であやふやになっていく。
世界に俺という存在が溶け出して一つになっていくような気さえしてくる。
それはとても甘美で心地よく感覚なんて無いはずなのにとても幸せな事の様に感じてしまう。
それがとても怖くて俺は周囲を見渡し言葉にならない悲鳴を上げる。
遠く…とても遠くに光が見えた。
光は白色の世界に阻まれてとても希薄だ。
俺はその光に手をかざし必死に追い求めた。
そうすれば助かると信じて…。
やがて意識は遠のき薄れていった。
「はぁ…」
目が醒めればそこは見飽きた天井だった。
「いつもの夢か…」
喉元には汗が溜まっていて首元の衣服はべとっと湿っていて気持ちが悪い、ベットから起き上がり換気も兼ねて窓をあけると心地の良い風が外から入ってきた。
あの夢を見たのはいつ以来か…
俺が生まれる直前…そう、この世界に来る直前に見たんだ。
俺には前世…多分前世と言って差し支えない記憶がある。
前世の俺は…多分冴えないおっさんだったと思う…。
名前や何処に住んでたのか…自分の過去の記憶は朧げだ、名前すらハッキリ思い出せはしない。
でもこれだけはハッキリしてる。
俺は所謂社畜でブラック会社の奴隷だった。
毎日同じ仕事をルーティンの様に熟し、上司に嫌味を言われ安い給料でこき使われ、サービス残業を言い渡される何処にでもいる社畜だった。
将来への漠然とした不安を胸に抱えながら先の見えない毎日を生きる何処にでもいる人間だった。
…親はそんな俺を心配しながら先立って逝った。
この世界で新たな人生を送る事になったと言う事は…俺も多分過労か何かで死んだんだろうけど…そこからして思い出せないのだ。
死んだ後女神とか神様的なアレに出会って転生特典とかギフトとかを貰った記憶も無い。
この体に何か特殊なパワーが眠っている…そんな実感もないのだ。
そもそも前世の記憶を思い出したのはここ最近の事でそれまでの俺はこの体の本来の持ち主…
"シェイン・デューン・フォルテ"
と言う人間だと疑いもしなかった。
もしかしたら俺は彼の…本来のシェイン・デューン・フォルテと言う人間を消して存在してしまっているのではないか…、そんな漠然とした不安さえある。
そんな不安を感じながらも俺は14年の歳月をこの体で今日まで生きて来た訳だ。
カラッタ村。
この
何も無い辺境の小さな村。
俺はこの小さな村に息詰まる様な閉塞感を感じていたみたいだ。
この村で俺は過去に大きなトラウマを抱える事になった。
父親の失踪。
兄の様に慕っていた親友との決別。
そして師との死別。
14歳の
そんな
無心で剣の修行に打ち込んでいると嫌な事を考えずに済む。
娯楽も無い田舎ではこれしかやる事が無かったというのも大きかったのかも知れない。
いや、違うな…。
この少年の記憶が言っている。
死別した師匠。
そしてこの村から逃げ出た元親友。
俺が剣を振るのは失った人達との絆を失いたくないからだ。
シェインの1日は畑仕事の手伝いから始まる。
カラッタ村の主な作物は近隣の村町にも大きな反響を呼んでいるみたいで農業が盛んだ。
だから俺もその手伝いをやらされている。
「遅いぞーシェイン!何してやがった!!」
「母さん手製の朝食食ってた」
「かー!羨ましいぜ、このヤロー俺もクリスさんの手製料理食いたいぜー」
「よく言うぜ、昨日もたかりに来たくせにー」
「んだとこのガキー」
「うわー暴力反対ー」
この気さくなおっさんの名前はロイ。
おれはロイおじさんと呼んでいる。
私有地を持ってるらしくそこで農業をやってるが俺もそこで所謂バイトをさせてもらっている。
馬鹿なやり取りをしながらもロイおじさんはテキパキと準備を進めて行き、俺も昨日の続きとして耕した畑に意識を向ける。
畑仕事はしんどいし、数時間やれば足腰に負担がきてダルいことこの上ない。
しかし存外馬鹿にならないものである。 剣には腰を使う動作が基本となる型が多い、稲や根を植える作業には腰を使うものが多いため図らずも腰が鍛えられることになるし、体力や集中力も養われる。 何気に馬鹿にならない作業なのである。 まぁ…全て死別した先生からの受け売りだが…、
「そういやシェインよぉ、クリスさんなんか言ってたかぁ?」
「なんかって何?」
「なんかっていやその…なんかだよ、」
このおっさんは俺の母親に気があるらしくこうして様子を伺ってくる、なんとも女々しい企みだ。
「特になんもいってないかな、強いて言うならロイおじさんに迷惑かけるなとかそんくらい」
「マジかぁ…」
そうぼやき消沈するロイおじさん、母は昔、若い頃はかなりモテたらしく小さな村ではちょっとした人気者だったらしい。 もっとも俺と言う子供を授かった後は母親として俺のことを女手一つで育ててくれた。 実際凄い事だ、こんな何もかもが人力の異世界で子供を育てるなんて…俺なら絶対無理だ、だからこそ母さんには感謝してるし幸せになってほしいと思う。
正直ロイおじさんには母さんをさっさと娶ってもらって俺を安心させて欲しいと思うがこのおっさんは見た目に反してかなり奥手でそれには時間がかかりそうだ。
… そうしておっさんと仕事をしている内にも時間は経っていたようで気付けば空は茜色に変わっており、そろそろ終わるかーとロイおじさんが片付け作業を始める。
「シェインはこの後どうすんだ?いつもの素振りか?」
「まぁね」
「お前も律儀に続けてんだなーたまに休んでもバチはあたらんだろー?」
「毎日欠かさずやる事に意味があるんだよ!」
そう言って俺はロイおじさんへの別れの挨拶もそこそこにいつもの手練場へと向かった。
村の外れにはちょっとした広場があり、そこを俺は訓練場として使っている。 もっともそこには一つの墓がありその墓にはグライン・アンティウスここに眠ると彫られている。
「悪い先生、農作業が長引いたわ、」
そう墓石に語りかけ「さぁ始めるか…」と墓石の隣に置いてあるナマクラに手を伸ばす。
この少年にとって剣の練習が唯一の生き甲斐みたいだ。
元社畜の身としては仕事終わりはとっとと帰って惰眠を貪りたいところだが生まれ育った環境が違えば考え方も変わるみたいだ。
父親のいない彼にとって先生と呼ぶ老人と過ごした時間は何よりもかけがえ無いものでそんな時間がずっと続くとあの時の彼は信じて疑わなかった。
父親がいなくても俺には先生がいる。
そんな強がりはもう2年も前から出来なくなっていた。
先生は事故で命を落とし今はここで眠っている。
当時は辛くて悲しくてどうしょうもなかったが先生の言った「誰かを恨んではいけない、剣を握ったその時から近しい者のの死は常に身近にあるのだ」って言葉は彼に誰かを恨んだり復讐しようとする事を拒ませた。
剣を…武器を握ったその時から人が死ぬって可能性が身近にある事実を思い知らされたんだ、
怖かったのかも知れない、だったらその覚悟がいる、彼がいまだにこんなナマクラを振り回してるのはあの時何も出来なかった自分への言い訳なのかも知れない。
「俺はただ…」
錆び付いて、剣としての役目を果たせなくなったナマクラのガラクタを振り回す。 そんな時、空気が揺れたような気がした、
無論空気が揺れる訳がない、そんな事はわかっている、ただそう例えるしかないような感覚だったのだ。
目をとじ感覚を研ぎ澄ます、何かがこちらに近づいて来ている、木々を描き分け草を跳ね飛ばし猛然と此方に向かって来ている。
額に脂汗が浮き上がる。 かつて無い感情に心が支配される、恐怖、焦り、そして非日常への渇望… 様々な感情が心に去来する。
そんな時茂みを描き分け此方に飛び出して来た何かにぶつかり、虚を付かれもつれ絡まるように倒れてしまった。 目の前にいたのは少女だった。
年の頃は
元の世界で見ていたアニメや漫画のヒロインみたいな現実離れした美貌…現実に見たらここまで美人なのかと度肝を抜かれる。
そんな人間の枠組みではなし得ない美貌を彼女は持っていた。
日の光に透けて太陽のように眩しい金色の髪はまるで妖精か精霊のように神秘的で、白く滑らかな肌は人間である事を疑う程には綺麗で美しかった。 だからだろう、今まで感じていた恐怖心を忘れ彼女に見とれていたとしても誰も俺を咎められないと意味も無い言い訳が頭の中で練り上げられる。
「何をしているのです!?立って!早く!」
「え?はっ!?」
無論そんな暇などなく、俺は目の前の彼女本人から現実に呼び戻されてしまう。
「貴方は早く逃げて!私が…」
「は?何言ってんだアンタ」
そんなやりとりの時間もなく、何かがこちらへと猪突猛進に突っ込んでくる。
足音や地響きからそれが途轍もない大きさなのが分かる。
「何をしてるんですか!?逃げてって言ってっ、あっ!?」
彼女が何かを言い終わるよりも早くソレは林から飛び出してきた。
見た目は熊のような動物だった。
ただ平均的な熊のサイズから大きく逸脱しており、並の熊の2倍近い巨体だ。
成程、異世界ファンタジーにありがちなモンスターだ。
その両手の爪は獲物を狩る事に特化していて俺、いや俺達みたいな子供では軽く引っかかれただけで致命的だと本能的に理解できた。
背には何本かの剣が突き立てられており、つい先ほどまで誰かと戦っていた事が容易に想像できた。
グルルルゥゥと底冷えするようなうなり声をあげ、興奮のあまり目を大きく開き血走った眼の熊の化け物は俺と彼女の2人に対して敵意を剥き出しにして迫り襲って来た。
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