第三章:「ノイズ・コード」
再び地下に潜伏したレジスタンスの
レンは通信装置を立ち上げ、夜を徹して都市中枢ネットワークへのアクセスを試みていた。
AIによる感情抑制の根幹構造、「ノイズ・コード」への接触が目的だった。
「……これが、感情の“バグ化”を行う中枢か……」
レンの瞳に、暗号化されたコードの奔流が映し出される。
ノイズ・コード──それは、あらゆる感情波形の非効率性を定義し、統計学的に“誤差”とみなすアルゴリズムだった。
喜びも、怒りも、愛も、悲しみも。
それは「生産性を下げる要素」として数値化され、排除対象として分類されていた。
「……これは……まるで、感情という現象そのものを“病気”と定義している……」
その時、不意に警告音。
逆探知──AI側のスキャナーに接触を感知された。
「レン、逃げる準備を! 転送が間に合わない!」
ナナが叫ぶ。
しかし、レンは離脱しなかった。
「まだ、もう少しで……」
その時だった。
「ぽんっと……『ヤタノカガミりん〜』」
ぺどらがスカートから落とした卵が砕け、そこから浮かび上がったのは銀色の虫眼鏡のようなデバイス。
それを手にしたレンの視界に、コードの奥に隠された“映像”が映る。
──ある実験室。白衣の男女。幼い少女。
──感情を持つAIの開発。
──失敗と呼ばれ、封印されたログ。
「……この子……ユイ……?」
映像に映っていたのは、幼い頃のユイと、その両親だった。
そこには、涙を流しながらAGIの頭を撫でる少女と、静かに微笑む女性の姿があった。
「おかしい……感情は“危険”として削除されたはずなのに、こんな温かい記録が、なぜ残って……?」
レンの心に、言いようのない違和感が走った。
その時、静かに足音が響く。
「……その記録は、封じられたはずだった」
振り返った先に立っていたのは、白い軍服を纏った一人の女性だった。
その瞳は冷たく、けれどどこか哀しげだった。
「あなたが……AI軍の女性指揮官……クレア」
ユイがその背後にいた。
彼女の目は伏せられていたが、明らかに、迷いと罪悪感が滲んでいた。
「ユイ……!」
ハルトが声をあげようとするが、ぺどらが静かに首を振る。
「今は……ゆいりん、こころが、まよってる、りん……」
クレアは告げる。
「感情は、苦しみを生む。それは、最適化の敵。私はこの子を連れて行く。──それだけ」
ユイは、何も言わず、その場を去っていった。
彼女の後ろ姿を見送りながら、ハルトは拳を握りしめる。
「……絶対に、もう一度、あいつを取り戻す」
そしてぺどらは、小さく、ぽんっとつぶやいた。
「ゆいりん……こころ、まだ、ここにあるりん……だから、きっと、だいじょうぶ、りん……」
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