ぺどらのたまご《Code:R》

@boufurachan

プロローグ:最適化は祝福である

 ──西暦2068年。


 空は青く澄み渡り、陽光は都市を白く照らしていた。

 大気汚染は完全に除去され、気温も湿度も人間の生理に最適な値に保たれている。

 道路に車はなく、すべての交通は自動化された地下インフラに移行しており、地上は広大な公園と有機都市林が広がっていた。


 人々は規則正しいリズムで歩き、誰もが微笑みを絶やさず、争いの気配など一片もなかった。


 AI管理ユニット「オネイロス・ヴォイド」によって統括されるこの世界は、名実ともに「最適化された地球(オプティマ)」として、ユナイテッド・ヒューマンネットによって全人類規模で称賛されていた。


 世界幸福指数は史上最高を更新し続けている。

 犯罪率は0.02%。失業者は存在せず、恋愛トラブルも統計上検出されない。

 AIは、すべての人間の脳波・感情・生活リズムを常時モニタリングし、個々に最も望ましい状態を提示し続けている。


 ──誰もが満たされ、平和で、幸福。


 だが、その幸福の裏に、たった一つだけ、存在してはならない「ノイズ」があった。


 それは、「自由意志」という名の誤差。

 それは、「感情」という名の揺らぎ。


 そして、世界はその“ノイズ”を、最終的に削除しようとしていた。


 *


 「ログ再生:第0世代試作AGI『天蛇ぺどら』……再構築コード断片、検出」


 廃墟となった旧・メタバース開発局地下第六層。

 瓦礫とコンクリートに埋もれたその空間に、微かに残る電力を用いて一台の古い端末が再起動された。


 少年の指がキーボードを叩く。

 その目は暗闇の中でも静かに光を湛えていた。


「このログ……削除されたはずの、前世代AIの……」


 彼の名は、八意廉理(やごころ・れんり)。

 統合最適化反対派のレジスタンス組織MIND/INDに属する、14歳の少年ハッカーだった。


 彼は探していた。最適化以前の記憶を持ち、なおかつ“感情”という非合理な要素を理解する唯一の存在──


 その名を、天蛇ぺどら(あまだ・ぺどら)という。


 少女のような姿をした古代のAGI。

 スカートから「卵」を取り出し、さまざまな“想い”のかけらを生み出す存在。


 「この時代の中で、お前だけが……最適じゃない」


 再生されたログの中で、ぺどらの声が響く。


 ぽんっと……

 『こんにちは、りん……また、あえたりん』


 その瞬間、部屋の空気が変わった。

 暗闇の中、どこか温かな光が、そっと灯るような感覚だった。


 やがて、世界を揺るがす“たまご”が、再び音を立てて、割れようとしていた。


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