君は神様
雨宮ぎら
プロローグ
冷たく、乾いた風が吹き抜けるたび、黄金の尾が翻り、空をなぞるように揺れた。
空は鈍色の雲に覆われていたが、雪は静かに積もることをやめていた。だがその静けさは死んだようなものではなく、時折吹く風は何かを秘めた息づかいのようだった。
踏みしめた雪がわずかに沈むたび、キリキリと軋むような音が耳に届く。
毛皮の隙間を縫って忍び込んでくる冷気は、刃よりも細く、鋼よりも冷たい。それでも、人の身に比べれば暖かなものだった。
四肢に力を込めて、フロウは崖の縁から身を投げた。風を裂いて宙を舞い、雪面へと軽やかに着地する。着地と同時に舞い上がる粉雪が、風と戯れるように空中で揺らめいた。
鼻腔に触れた匂いを頼りに、風の向こうを目指す。
その匂いは人間でもなく、獣でもない。
──幻獣の匂いだ。
音もなく閉ざされたこの世界において、その匂いだけが確かな道標だった。まるで空気の層を裂いて、彼だけに語りかけてくるかのように、それは続いていた。
「……ここだ」
低く呟き、フロウは鼻先を雪へと寄せた。雪に触れた皮膚がひりつき、微かな痺れが走る。
匂いは、この下にある。
フロウは前脚を振るわせ、交互に雪をかき分けていく。
硬く凍った地表の更に先。ごそりと音を立てて崩れたその奥に、それはあった。
匂いの正体は、雪の中で丸くなり、まるで凍りついた時間の中に閉じ込められたかのような青年だった。ボロボロの衣服に身を包み、腕を抱えるようにして身体を縮めている。それでもわずかに上下する胸元が、その命がまだ手放されていないことを示していた。
眠っているのか、あるいは──現実から逃げるように意識を沈めているのか。
凍える世界に置き去りにされたその存在は、雪よりも白く、どこか悲しげだった。
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