親友に彼女だけでなく偽りの噂によって未来すら奪われた俺が、かつて救った女の子に救われて失われた幸せを取り戻すまで
パンデュ郎
第1話
路地裏でゲロを吐く。口の中を支配する酸っぱさと気持ち悪さは、胸の奥に渦巻く嫌悪感を象徴しているかのようだ。
『ま、そういうことなんだわ。悪いね、ユーマ』
頭の中で言葉が反芻される。未だに信じられない。信じたくない。
思えば思うほど、言葉は強く頭にへばりつき離れてくれない。
『ごめんなさい。私、もう彼無しじゃ生きられる気がしないの。貴方がくれなかったものを、彼は私にくれたの』
愛していた。できる限りのことはしたつもりだった。喜ぶ顔が見たくて、贈り物を長い時間考えた時をあった。……その贈り物の相談に乗ってくれたのは、俺から彼女を奪った、親友だと思っていた男だった。
『これなんかいいんじゃねぇの? ちょっと高いけど、彼女の喜ぶ顔を思えば別に払えない額じゃないだろ?』
もしかしたら、その時から彼女とあいつは裏で付き合っていたのかもしれない。俺の事を、何も知らない馬鹿だとあざ笑ってたのかもしれない。
そう思うと、また吐き気が込み上げてきて、路地裏に吐しゃ物で出来た水たまりが一つ増える。
見せつけるようにキスを目の前でして見せる二人。俺には滅多に見せてくれなかったような幸せそうな表情を見せてくれる彼女、勝ち誇るように笑う親友。先ほど目の前で繰り広げられていた情景がありありと眼前に浮かぶ。
俺たちが付き合い始めた記念日だからサプライズがあると、彼女に呼び出されていった先で繰り広げられた出来事だ。
何が、何が悪かったんだろう。俺は何か間違えたのか?
誠実であれと、できる限りのことはしてきたつもりだった。人を救った数だけ、その人は幸せになれるのだと、かつて教えられた通りに俺は生きてきた。
その末路がこれか? 背中を預けていた頼れる親友は裏で俺を嘲笑していて、いつか幸せな家庭を築こうと誓った彼女は俺を捨てた。これが俺に与えられるべき幸せなのか?
「はっ、ははは」
乾いた笑いが漏れ出る。視界が歪んだまま、地面に目から零れ落ちた雫が落ちる。
なんて無様なんだ、俺は。どれだけ道化だったんだ、俺は。何も知らない愚かな俺はさぞかし笑いものだっただろうな。愉快な見世物だったんだろうな。
全部嘘だったんだろう? 全部笑われてたんだろう?
依頼を達成して一緒に喜んだ日々も! 美しい景色を見て感動した時も! 失敗して泣きながら飲み明かしたときも! 全部全部あいつらにとってはどうでもいいもんだったってことなんだろう!
「あ、ああああああああああっ!!!」
汚物に塗れた地面に膝を付くことすら構わず、その場で地面に手を突き慟哭する。
俺の人生は何だったんだ。これまで生きてきた意味は何だったんだ。全部全部、こうやって台無しにされるためだけに積み上げられたものだったのか?
挙句の果てに、周りは俺の敵と来た。何を言われたのかわからないけれど、あいつは俺が彼女を冷遇してたところから救った王子様扱いされてやがる。
しかも噂は一夕一朝のものではなかった。長い時間をかけて、少しずつ広められてるようだった。じゃなければ、現場を目的していた人々が、あんな当然みたいな顔をしてこちらを見るわけがない。ずっとずっと前から仕組まれていたことだったんだ!
何だこれは、おかしいだろう! 間違ってるだろう!
「……いいや、間違っていたのは俺の方なのか」
現実がそうなってるんだ。俺が悪い、俺が甘かった。だから、こんな目に遭ったんだ。
じゃあ、今からでも生き方を変えるか? どうやって? 他の生き方なんて俺は知らない。そんな器用な人間なら、きっとこんな目に遭わずにすんだはずだ。
この先、俺はどうすればいい? もうまともに冒険者とやっていくわけにはいかないだろう。悪評が立ちすぎている。仲間に酷いことをした人間となんて、パーティを組む人間はいない。
一人でやっていくか? 後ろ指差されたまま、一生一人で?
そうやって生きていくことに、一体何の意味がある?
ふと、護身用に普段から懐に忍ばせている短剣の存在に気が付いた。
冒険者としての真っ当な装備はしていないが、何かあった時のため、特に彼女を助けるために携帯していた武器。
――いっそ、楽になってしまうか?
この先生きてても後ろ指刺される人生だ。誰かのためになるからと頑張ってきたが、もうその誰かすらいなくなった。
無意味無価値。何の中身もなく、何もできない空虚な人生だった。
そっと懐から短剣を取り出し、その刃の輝きを見つめる。映っている俺の顔は、なんとも酷い顔をしていた。
そうして、そっとその刃を喉元へ向けて――。
「待ってください!」
――路地裏に、声が響いた。俺ではない、別の誰かの。
ゆっくりと首を動かして背後を見る。そこには一人の女の子がいた。
走っていたのか、息切れしている。何だろうか、誰だろうか。会った覚えがあるような気がするが、すぐには思い出せない。
彼女は少しだけ息を整えると、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「あなたは、あなたは間違ってません! 間違ってるはずがありません! だから、どうか、思いつめないでください……っ」
聞かれていたのか……?
その表情は本気そのもので。剣幕も真剣そのもので。何一つとして理解できない俺にも、必死さだけは伝わってきた。
「あなたは……?」
ぽつりと、ほぼ無意識に言葉が漏れた。
「私は――かつて、あなたに救われた者です」
ゆっくりと、俺を刺激しないように近づいてきた彼女は、そっと俺に手を差し出してくれた。
その手はこの世で唯一汚れていない、とても美しいものに見えた。
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