データによれば、異世界にはヒョロガリばっか

乾茸なめこ

第1話 データキャラ

 生前の俺はデータキャラだった。

 データによる分析で人生を設計し、最高効率で生きてきた。だが、海外出張の際に僅か1万分の9という奇跡の確率を引き当て、墜落事故によって死亡した。


 ……仕方の無いことだ。


 データによれば飛行機事故で死ぬ確率は低いが、それでも『0じゃない』。


「しかし、これはデータにないことだな」


 俺は眼鏡をクイッと上げた。

 よく分からないが、俺は転生したらしい。

 創作物では良くあるらしいが、現実に起こるとは知らなかった。


 俺に与えられたのは、様々なこの世界のデータにアクセスできるノートパソコン1台だけ。

 獣の気配ひしめく山中で、俺は昼夜を問わずデータを読み漁った。


 ◇


 ――転生して5年の月日が過ぎた。

 俺は空を飛ぶドラゴンの角に、膝の裏を引っかけてぶら下がっていた。


 データによると、人は家が無いからって死ぬことはない。ちゃんと雨風をしのげて暖をとれるなら、人はぼちぼち生きていける。


 それに、データによればドラゴンはこの世界の頂点捕食者だ。ドラゴンに付着していれば、外敵に殺されることはなかった。あと、ほんのり温かい。やる気の無い岩盤浴みたいでちょっと気持ち良い。

 ドラゴンの体にへばりついて暮らし、ドラゴンの食べ残しを掠め取って生きているうちに、俺の体はムキムキになった。


 大変素晴らしいことだ。データによれば、筋肉は多い方が強いのだ。


 たぶんだが、今の俺は身長3メートルの体重500キロくらいある。肩幅自動販売機だ。食事が良かったのだろう。ノーパソで食べ物の栄養成分を確認したら、コーンフレークの裏側に描かれているような栄養成分表が出てきた。最強である。


 よっこいせと呟きながら体勢を変える。良い感じに角にぶら下がり、風に揺られながら懸垂運動を始めた。


 自重トレーニングじゃデカくなれない。そんなことを言うトレーニーがいる。大間違いである。シンプルに自重が足りていないのだ。体重500キロで懸垂すれば、マシントレーニングよりも効果がある。俺の肉体というデータがそれを証明していた。


 ドラゴンは鬱陶しそうに俺を睨み上げ、低く唸る。


『人間……人間? いつまで我の上で暮らすつもりだ?』

「ふんッ! ふんッ!」

『聞け』

「うんッ!」

『今のはどっちだ!?』


 俺は話を聞くタイプだ、失礼な。


『結論から言う。お前がいるとウザい。降りろ』

「ううんッ!」

『降りろ。少し行ったところに人間の集落がある。そこに落とす』

「う゛う゛んッ!」

『痛い痛い痛い!!』


 岩盤浴のくせに生意気なことを言い出したので、全力で角の付け根にしがみつくと、ドラゴンは悲鳴を上げて空中でのたうち回った。ぐんぐんと高度が下がりだす。


「おい! ちゃんと飛べ!!」

『離せ馬鹿!』

「無理無理! 人間飛べない!」

『なんか飛べそうだろお前!』

「羽とか無いし! 無理無理無理無理――――」


 ぐんぐんと迫る地上。遠目に緑色の塊だった風景が、木々の集まった森なのだと目で見て分かる。1本1本の輪郭すらハッキリしてきたとき、俺は意を決して空に飛び出した。


 二度目の人生も空の事故で死ぬなんてまっぴらごめんだ!


「うおおおおおおおお!!」


 全身の筋肉を躍動させる。素っ裸の肉体が陽光に照らされる中、奇跡が起きた。

 ふわり、と体が浮き上がる。


 翼のごとく発達した背筋と僧帽筋が、空気を掴んで押し返したのだ。


「飛べる! 俺は飛べるぞ!!」

『飛ぶな、死んどけ』


 頭上から巨大な影が迫る。俺はドラゴンのサマーソルトを浴びて、勢いよく叩き落とされた。

 枝も葉も貫通し、なんか柔らかいものも粉々に吹き飛ばし、俺の体は地面にブチ当たる。凄まじい衝撃波で周囲の木々が薙ぎ倒された。


「きゃあああああっ!?」


 絹を裂くような女の悲鳴。

 半径5メートルのクレーターから立ち上がると、再度悲鳴があがった。


「いててて……なんか尖ったのに股間当たった……」


 ゆっくり立ち上がると、俺の体はべったりと血に濡れていた。クレーターの端からコロコロと、鬼のような首が転がってくる。めっちゃビックリした顔して死んでやがらぁ。


「あ、アークデーモンを一撃で……!!」


 声の方を見れば、青色の修道服に身を包んだ、長い金髪のヒョロガリがいた。乳だけデカイが筋肉みを感じない。

 えぇと、長らく見ていなかったから忘れかけていたが、確かこれはデータによると……。


「女だッ!!」

「ひぃぃぃっ!?」

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