第三章:「柊木、擬態解除の危機」
週明けの月曜日。
都内の大手証券会社・第七営業課――
東雲りなは、妙な“感情のもやもや”を抱えたまま、書類整理をしていた。
(……おかしいな……私、最近すごくワクワクしてる。けど、どこかで“何か”に気付いてる……)
ふと、デスク向かいの後輩――柊木まことに目がいく。
落ち着いた化粧、無地のオフィスカーデ、控えめなローファーパンプス。
そう、“普通”。完璧すぎる“普通”。
(……でも――あの時、聞こえたのよ。あの声で)
──「……今、森口博子……? いやまさか……まさか東雲先輩が……?」──
あの日、カラオケで歌っていた時の“微かなつぶやき”を、酔っていたはずの東雲はちゃんと聞いていた。
(そして……あのアスラン・ザラのステッカー付きスマホカバー……)
ガンダムSEEDの中でも、ある意味“通好み”のステッカー。
町田のアニメイトでしか売っていない限定柄。
(……確定だわ。柊木……あなたも“同志”ね!?)
りなは確信した。
しかし一方の柊木は――
(やばい……やばい……先輩、私のスマホ見てた……!? ステッカー剥がしとけばよかった!?)
動揺を悟られまいと、いつも以上に「普通」を演出しようとしていた。
「おはようございます、東雲先輩。今日も天気いいですね」
「うんうん、なんか……ほら、爽やかに晴れわたってて、“ガンダムが空に翔けていきそう”な感じだよねー」
「……へ?」
「いや、なんでもないっ! とにかく元気が出る空ってことっ!!」
(え、待って……今、“ガンダム”って言った? いやいや、たまたま……いや……でも先輩、最近目がキラキラしてる……)
昼休み。
東雲は休憩室の端で、自販機の缶コーヒーを飲んでいた。そこへ――柊木登場。
「先輩、失礼します。一緒にいいですか?」
「おっ、いいよ~! っていうかちょうどよかった。聞きたいことあってさ」
「……はい?」
「この前の週末さ、アニメイト行ったんだけど……これ見つけてさ」
スッと差し出す――“アスラン・ザラ缶バッジ(町田限定Ver.)”
「これって……柊木、好きだったりする?」
柊木の手がピクリと震えた。
「……え? えっと……いや、まぁ……たまたま、知ってるだけで……」
「へぇ~。“たまたま”でアスラン知ってる人、なかなかいないけどなぁ~?」
「…………」
しばしの沈黙ののち――
柊木は、ふっと息を吐いた。
「……バレましたか」
「完ッ全に」
「……お願いです。言わないでください。課長とか他の先輩たちには、絶対に……」
「もちろん。誰にも言わない。でも……私、めっちゃ嬉しい」
「え?」
「柊木が“そっち側”だったって分かって……なんか安心した」
「“そっち側”って……」
「モケ女側よ!!!!!」
──
その日の帰り道。
二人は町田行きの小田急線に並んで座っていた。
「で、結局さ。柊木は何が好きなの? 私まだガンダム勉強中だから、教えて」
「一番好きなのは……『ユニコーン』。特に“バナージとリディの心理描写”が好きで。あとは“ラプラスの箱”っていう象徴的な構造も――」
「え、めっちゃ語れるじゃん!?」
「……ごめんなさい。出ちゃいました」
「いや、出していいのよ!? そのまま解放していいのよ!? 柊木、今日から“モケ友”ね!」
(“モケ友”……!? なにそれ、妙に語感いい……)
柊木まこと。
擬態系アニオタOL――ついに“擬態解除”の第一歩を踏み出した。
そして、この瞬間が、町田ガンプラ倶楽部・結成へと繋がる、“はじまりの出会い”となった――。
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