占い師・橘風薫が人を救う

風薫

第一章 お客様美雪の場合

「ちょっと、そこのあなた」

風薫は目の前を通り過ぎようとしていた40歳前後くらいの女に声をかけた

うなだれて全ての不幸を背負ったような表情でその女は魂が抜けたようにふらふらと漂っていた


「この人、かなりマイナスの念にやられてるわ」

「何とかしてあげたい」


その女は風薫をチラッと見て

「占いなら必要ありません」と目を逸らして行こうとする


「あなたのお役に立てれば代金は要りません」

「とにかくお話させてください」


「・・・・そう言われても・・・・」

女は不審な面持ちで風薫を見つめる


「ごめんなさいね・・・」

「あなたの苦しみが伝わってきてしまったの」

「だからあなたの気が楽になるのならお話してくれるだけでいいのよ」


そう伝えると女は力がグッと抜けて折りたたみ椅子にドシッと腰を沈めた

数十秒か?

二人は沈黙の時を過ごした


「実は・・・」

「大変お恥ずかしい話なんです」


夫は人が良く男性女性問わず、困っている人がいると助けて今までどれほどお金を費やしてきたかわかりません

だけどそれも彼の良いところだと割り切ってきたんです

それが ・・・今回は


「その女と結婚したいから俺と離婚してくれ」というのです


結局別れました

それが数年前のことです

子供たちも微妙な年齢だったので息子は主人に

娘は私が引き取りました


女は辛そうに涙をいっぱい溜めて声にならない嗚咽を漏らしていた


「言いにくいのね・・・」

「無理に言わなくてもいいのよ・・・」


だけど自分を責めないで

今辛いのはあなたのせいじゃない

誰のせいでもないの

この世に生まれてくる理由は魂の成長のためなの

宇宙でね・・・

「みんな地球って何だかいろんな経験が出来て楽しそう」って

わくわくしてこの星を選ぶんですってよ

あなたもいろんな経験をしたくてご主人や息子さんを選んだの

いわば

周りにいる人たちはみんなあなたが主役の映画のキャストなんですって

悪役をやる家族も仲間もみんな宇宙ではあなたを大切に思うソウルメイトで

この世では俳優さんたちなの

だから

「主役にしてくれてありがとう」

「悪役を演じてくれてありがとう」

って感謝すれば良いんですって

今は何も言わなくていいから心の整理がついたらまた来て下さいね


しばらくして女は落ち着いたようで少しずつ話を始めた


夫と結婚したその女性はまだ20代でした

夫と息子とちょうど中間くらいの年齢だったのですが

あろうことか夫が出張中に息子と間違いを犯したのです

結局、妊娠して息子の子を産んだんです

私は心の持っていく場所が見つからず、世間様に申し訳が立たず

息子にそっくりなその子を殺そうと思い始めました



女はまた、首を肩よりも下げて嗚咽を繰り返した



「・・・・そうでしたか・・・」そんな難しい問題を抱えていたからなのね

風薫は予想以上に複雑なその話に慎重に応えるように深呼吸をした


ちょっと手相を見せていただけますか?


風薫はその女の手相が運命線も感情線も太陽線も生命線もしっかりと出ていたので安心した


あなたがそう簡単に楽な考え方に変われるとは思いません

だけど考えてもこの先、その事実が変わることは一生ありませんね

それならばどうやったらみんなが幸せに暮らせるかを考えるべきよね


子供を殺してあなたのご主人も息子さんももっと苦しむことになります

解りますね?

あなたは世間様に申し訳が立たないって言ったけれど

世間様に何か迷惑をかけた?


殺人事件が起きれば嫌な想いをする人はいっぱいいる


ましてそれが、世の中で騒がれるような(面白がる人がいる)事件ならなおさら


もう、家族はボロボロで立ち直れなくて一生肩身の狭い思いをして生きて行くのよ

あなたはその子を殺せば「成敗した立派な母親」とでも言われると思ってるの?

冷静になりなさい

結論から言えば

あなたの息子は放っておけば良いのよ

あなたの問題ではないわ

それに過ちを犯したのが18歳といえば立派な大人よ

昔なら元服して戦地にも召集された年齢でしょう

責任をとるのは本人よ

息子を信じてきちんと責任をとらせなさい


あなたは大丈夫よ・・・

今までのあなたの生き方がきちんと手に現れているわ・・・

今は苦しくても必ずそれがプラスになる時が来ます



女は小さくため息をついた後

軽く会釈をして静かに去って行った


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