変わったもの、変わらないもの
『お前は厄介事を持ってこないと気が済まないのか』
「迷安特捜部所属エージェントとしての規定に基づいた報告。怒るなら私の行く先にことごとく何かを置いてるダンジョンに怒って」
『はぁ……急ぎ調査隊を組む。下層域のハンターを集めれば大丈夫そうか?』
「ん。一人だけ深層ハンターを付ければ問題なし。だと思う」
通信越し、山岡の少々疲れたような声が私の耳を打つ。
約一か月前まで二層のダンジョン街ロロテアのギルドを取り仕切る支部長だった彼は、本人の熱い希望により迷宮安全課特殊捜査部へと配属されることになった。
迷安特捜部の中でも、私含め深層ハンターのみで構成された最精鋭部隊である二番隊の司令塔に抜擢されることになる。
エリート中のエリート部隊の頭だ。
迷宮安全課の司令室の末席に二十六歳という若さで名を連ねるだけでも前代未聞の快挙だというのに、いきなり二番隊に配属されたのは運が悪かったのかそれともよかったのか。
ギルド百年ほどの歴史上最も若い迷宮安全課司令室所属という事になるらしい。
『んあれ~? 山岡さん、もしかしてセンパイと話してます?』
『ああ。また白織が面倒事を持ってきたみたいでな。また新しく調査隊を組まないといけなくなった』
『あはは……センパイらしいっちゃらしいですねぇ……何層なんです?』
『六層だな。下層域ハンターを中心にギルドから呼びかけ、一人深層ハンターを付ける予定だ』
『ほ~ん……? んじゃあ、私参加しましょうか?』
「イルは任務があるでしょ」
どうやら山岡が話しているのを見て近寄ってきたらしいイルの声が私と山岡の通話に乗る。
コールサイン01。私と同じ迷安特捜部二番隊に所属する深層ハンター。
初対面は確か十層の
同じパーティで遊撃部隊としてペアで動くことがあったために、それなりに面識がある子だ。
ハンター歴も年齢も私の方が下なのだが、どうやらイルの評価基準では『先に深く潜っているハンターの方が先輩』らしく、年下の私のことを先輩と呼んでいる。
一応形的には外部協力者である私とは違い、イルは正真正銘迷安特捜部に正式所属しているギルドハンター。
おそらく爆発力だけでいえば私よりも強いだろう。ノってる時のイルは、余裕で私より強い。
「できればイルは十一層のダンジョン街建設計画の方に来て欲しいかも」
『俺としても、というかギルドとしてもそうだな。宇崎ほどの実力者を調査隊に同行させる余裕はあまり無い』
『むーん……サボりは失敗ですか……まあセンパイと同じ現場ですからね。許しますよ』
『許すも何も司令室所属の俺はお前より立場が上なんだが』
『そこはまあ、ほら。山岡さんあんまり威厳ありませ痛ぁ゛!? 何するんですか!? 馬鹿になったらどうしてくれるんですか!?』
『心配するな。既にお前はバカでアホだ。大して変わらん』
わーきゃーとイルと山岡がの声が乗る。主にイル。
どうやら調査隊に参加することで任務をサボって楽しようとしていたらしい。それは怒られても仕方ないと思う。山岡は悪くない。
というかマナによる身体強化を意識していれば山岡の拳骨が痛いはずがない。むしろ殴った側の山岡の方がものすごく痛くなるはずだ。
つまりイルは今身体強化が切れている。意識的にではなく常に無意識下で身体強化を回し続けられないようじゃ、まだまだ未熟だ。
ただただ山岡とわちゃわちゃするのが好きで身体強化を解いているだけの、かまってちゃんなだけなのかもしれないが。
ベッドに体を沈み込ませる。
山岡とイルのコントを聞いているのは、嫌いではない。
逐一イルが状況を口に出すため、実際にその場にいなくともそれなりに何が起こっているのかを把握することもできる。
今はどうやら、イルが常に持ち歩いているお菓子を山岡が取り上げたところらしい。
『返してほしいなら真面目に働くことだな。特捜部は新設の部署で忙しいんだ。特に今は並行でプロジェクトを進めている状態。宇崎や白織、他の二番隊のメンバーもそうだが、お前らは一人だけでギルド所属のハンター百人分は力になる。誇張でも何でもないんだよ、これは』
『……ふふーん。そうでしょう私は凄いんです! そこまで言うのならやってやろうじゃないですか!』
「ちょろいね」
『ちょろいな』
ただ実際、イル一人だけでギルド所属のハンター百人分の働きになるというのは間違いではない。
戦闘にしろ雑用にしろ調査にしろ、深層に頻繁に潜り生き残っているハンターってのは基本的に化け物を越えた化け物ぞろいだ。
アホでバカでちょろいが、イルだって伊達に十二層に到達し生き残っているわけではない。十一層という過酷な環境に人の生活圏を確保するという目標を達成するため、必要不可欠なキーパーソンの一人である。
『と、話が逸れたな。とにかく、六層の樹林地帯の泉……は味気ないから“裂け目”とでも呼ぶとしようか。裂け目の調査にはギルドから募集をかける。当面樹林地帯の推奨レベルを引き上げる方針でいくことにしよう。これまで通り特捜二番隊は十一層ダンジョン街建設計画へと当たる。白織も宇崎もサボるんじゃないぞ』
「りょーかい」
『了解ですっ!』
私とイルの返事が重なる。
イルの声になにやらスナック菓子のような咀嚼音が混じっていた。ポテチでも食べているのだろう。
仕事中だというのに、随分とフリーダムな奴だ。もともとソロでハンターをやっていた子だから性根が自由人のまま歳を重ねたというのも大きいだろう。なにせ私もそのタイプだ。
電気も付けないままにコネクタの微光のみが照らす薄明かり。
最近ようやく帰ることも多くなってきたルクセントの自宅には、特にこれといった物はほとんど置かれていない。
ダンジョン狂いをやっていた一か月ほど前と比べれば、それでもだいぶ物は増えた方だとは思うが。
特にそれなりに関わりのあった人たちから送られてきた結婚祝い。
と言ってもまあ、結婚祝いと言う体で私に宛てられたプレゼントがほとんど。
なんだかんだ十六歳からハンターをやっているが、私は白織に居た時も家を出てハンターとして生き始めてからも、いつも誰かに甘やかされている気がする。
太くて柔らかくて温かいベースの音。
少し哀愁も感じるような、言いしれない独特なアコースティックギターの音。
スピーカーから、ふたつの楽器が奏でる旋律が部屋を埋めていく。
「~~~~~」
目を閉じた私は、小さく口ずさむ。
思い浮かべたのは、桃色のサイドテールが印象的だった彼女。
黄色い星型の髪飾りに、水色や淡い緑のヘアピン。
極めて珍しい“音”の特性を持ったマナを操った、かつての夜空の輝剣の仲間。
ベースを弾いて鳴らした音をマナで増幅して戦う、ちょっと特殊な戦い方をする、夜空の輝剣メンバーの中でもお姉さん的ポジションの人だった。
どっからか鉄ちゃんがアコギを持ち出して、二人で急に焚火を囲んでセッションを始めることもよくあった。
そんな二人の演奏に合わせてリリアが歌い始めて、気が付けばメンバーみんな寄ってきて、焚火を囲んで八人で歌って。
料理担当の癖に演奏に熱が入っちゃったもんだから、鉄ちゃんが料理を大失敗してみんなで文句言いながら食べる羽目になったりだとか。
思いをはせたそんな記憶は、六年以上前。
薄く開いた瞳の先にあるのはカメラドローン。貼られているステッカーは、夜空の輝剣が全滅してから私が自作した、メンバーを象徴するアイコン。
再び目を閉じる。
やってきた心地よい疲労感と安心感に身を任せれば、ふかふかのベッドに沈み込んだ私に次第に襲い掛かるのは、強烈な眠気。
「おふろ……いいや」
起きてから入ろう。今はとても、眠たい。
コネクタを外す。スピーカーからの音が、少しばかり大きく聞こえるようになった。
ゆったりとした柔らかい曲が、なおさら安心感を私に与える。
思い出の中にいる彼ら彼女らの声と、弾ける薪の音が、現実にはないはずなのに私の耳の奥の方へと流れていく。
目に溜まった涙の事は無視して、私はまどろみの中へと潜っていくのだった。
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