地獄へおいでよ
フィールドからダンジョン街に帰った後、真白さんからお説教が飛んできたのは言うまでもなく。
そんな昨日から一夜明けて、翌日。
場所はルクセント。つまり今起きた場所は、自宅の自室。
「ふぁ……ねむ」
なんだかんだ悪夢は見なくなったけど、そもそも朝が弱いために、どうしても眠気が私に牙を剥かない日は存在しないみたいで。
今日も今日とて、しゃっこしゃっこと歯を磨き、膝裏まで伸びた冬弥が好きな白髪を櫛で梳いて、ばっしゃばっしゃと顔を洗い、眠気という魔物をどこかへ追いやる。
一時間くらい朝の支度をすれば、すっきりとまではいかないが、ある程度眠気はどこかへと飛んで行っていた。
さて、計画の公表から一日たったけど、別に今日から始めってわけじゃない。
あの配信は、私が迷安特捜部のエージェントになったってことと、その第一の仕事である第十一層ダンジョン街の建設計画の広報、そして拡散の要請が主目的。
その配信でもちろん計画の始動がいつなのかも発表されたわけだが、人を集める必要もあり、さらに広報効果も考えた結果、開始は一週間後。
随分早いけど、マナ適応した人間が総動員される計画ってことを考えたら、妥当ではある。
機材とか、必須のインフラとか。
そういうのを整えるのだって、マナ適応して身体能力が跳ね上がっている人間がいれば、圧倒的効率による短時間の作業で完了してしまう。
なんなら魔術だって使えば、まさしくマジカルな作業風景になるわけだ。
なんてどうでもいいことを考えながら、私が向かったのは五層六層の階層間通路を超えた先、多少南東方面に移動した先にあるダンジョン街。
“ヘルペレスト”。魔導工学やマナ加工技術など、魔導関連産業が盛んな、ダンジョン街屈指の職人街。
「高宮さーん。来たー」
そんな職人街の街はずれ。小川のすぐそこにあるのは、水車が建物の外で回り続ける、一見そうとは見えない鍛冶屋さん。
鍛冶から装飾、魔工や
“ティファレト魔装工房”である。
「シアさん!お久しぶりですね」
そんな私の声に反応して姿を見せるのは、奥さんの方。
私の装備のデザインを担当している方。防具だけじゃなくて、武器の方も奥さんがデザインしている。
素材の良さを活かす方向性でのデザインが好きらしく、比較的どんなデザインも機能性との両立をこなしてやってのける、腕のいいデザイナーだ。
ついで──いい意味でついでと言っていいほどのものでもないけど──にアクセの類だったりの宝石加工や、魔術媒介を使用した
素材の魔術許容量やマナ特性を見極めて最大限の効率で魔術を詰める技術は、もはや神業と言ってもいい段階にまで達している。
私の魔装の類が軒並み切り札レベルなのは、この人のおかげと言っても過言ではない。
「お、姫様か。頼まれてたもん、しっかりと保管してあんぞ」
そして遅れて顔を出し、ゴーグルを上げてこちらを見るのは、旦那さんの方。
主に素材加工や機構の基本設計、奥さんが魔術を詰めるための型を作るのが、彼の主な仕事になる。
こちらもとても優秀な鍛冶師さん。
使用者に合わせた最適の形を、使用用途を聞いただけで感覚で合わせに来るような化け物鍛冶師。
正直、なんでこの工房が有名にならないのか、心底不思議なくらいだ。
さて、私がここに来たのは、ハンター活動を休み、色々ダンジョンの外の方でしていた間に、高宮さんたちに頼んでおいたものが完成したという連絡が来ていたから。
カウンターに、凄く高級感のあるアタッシュケースを置く。
頻繁に依頼のために数億円をこの工房に落としているので、このアタッシュケースも若干見慣れてきたまである。
今回の依頼料は、もろもろ含めて約十七億くらい。
とんでもない額に見えるが、深層潜りのハンターにとっては、手が届かないほどの高額でもない。いや別に安くはないし普通に高いけども。
装備やユニットなど、気になったものを買いあさる私ですら、全財産がそろそろ三十億に届きうる可能性が見えてきていると言えば、ある程度の規模感は見えてくるだろうか。
こう考えると、深層に行った後もハンター続けてる奴ってのは、どこか非効率なのかもしれない。
なにせ深層で素材を手に入れたら、それをどこかに引き渡してあとはのんびりと過ごすだけで、一生お金には困らないのだから。
「はは!慣れたもんだが、こうしてみるととんでもない取引だな!」
アタッシュケースの中にあるのは、円盤状の高純度魔晶石(虹)。
ひとつで大体一億くらいの値段が付く、とんでもない高密度の代物。
金銭取引の代わりとして、こうして素材での取引という形でさせてもらった。
キリが悪かったので二十個集めてきてある。
あの配信、説明の後に十一層の結晶洞窟に行って取ってきたものだ。
すべての属性を高濃度で内包した虹色の魔晶石の中でも、特にマナの質の良いものばかりを集めてきた。
抽出器と分別機を使ってマナを属性分けして、それをもとに
使い道は無限大。我ながら破格の取引だろうと思う。
納得する品質のものを集めるのに相当時間かかった。
その間に犠牲になった結晶洞窟の魔物たちには、あとで弔いの合掌でもしておいた方がいいかもしれない。
「ほら、こいつが例のブツになる。姫様好みではないかもしれんけどな」
置かれたのは、刀というにはちょっと肉厚な魔装。
若干反り返ってて、片刃で、なんかちょっと捻じれてて。
見ていると、どこか体の内側を触られているような、そんな感覚に陥る武器だった。
「名前は?」
「楔の牙。
「“影縫い”。体内にこの剣が侵入した際にマナを流すと棘が生える仕組み。この棘が体内に二本あると、どんな生物でも一定時間その場から完全に身動きが取れなくなるんです」
奥さんから解説。
ザミエルの魔石を持ち込んで作ってもらった小刀。
確かに宿っているのは強力な効果だ。だけど。
「確かに、私の好みじゃないかも」
「だろうなぁ……いやぁ、特定対象に絶大な効果を発揮するリーサルウェポンを俺だって作りたかったんだがなぁ……いかんせん、魔石の本質がそれに合ってなかったもんで。すまんな、期待に沿えなくて」
別に、それに関して高宮夫妻が謝ることは全くないと思う、なんて。
素材のポテンシャルを最大限引き出すための加工の末行きついた結果がこれなのだ、素材の相性があまり良くなかっただけだろう。
悪いのは本質がネチネチしてるザミエルだ。
「あ、そうそう」
さてと、と。
今日ここに訪れたもう一つの目的の方も、果たしておくとしよう。
「ん?どうした?」
「十一層に街作るんだけど、来る?」
なんか、凄く目を真ん丸にしてる。
私、そんなになるようなこと、言っただろうか。
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