第3章 抗えない現実
第9話 大晦日の朝の重圧
大晦日の朝。琴音は重い瞼をゆっくりと持ち上げた。昨夜、悠真に告白されたこと、そして何も言えずに逃げ出してしまったことの罪悪感が、鉛のように琴音の胸にのしかかっていた。身体は鉛のように重く、頭の奥でガンガンと痛みが響いている。今日は、村の祭祀の日だ。その事実が、琴音の心をさらに深く沈ませた。
水瀬家の屋敷は、すでに朝早くから慌ただしい空気に包まれていた。祭祀の準備が本格化しており、普段は会うことのない遠縁の親戚たちまでが続々と集まってきている。彼らの足音や話し声が、琴音の部屋まで響いてくる。
琴音は、重い足取りで食堂へと向かった。食卓には、すでに父と母が座っていた。彼らの間には、いつもと違う、張り詰めた静寂が漂っている。父は、黙って茶碗の米を口に運んでいたが、その横顔はいつも以上に厳しく見えた。
「琴音、最近少し顔色が優れないようだが、大丈夫かい?」
母が、心配そうに琴音の顔を覗き込んだ。その声は優しく、琴音を気遣うものだったが、琴音の喉は、何も言えないほどに乾ききっていた。琴音は曖昧に頷くことしかできない。
父は、口を開くことなく、琴音の顔をじっと見つめていた。その視線は、琴音の小さな変化も見逃さないかのように鋭く、しかしその奥には、琴音の未来を案じるような色が混じっているのが感じられた。だが、その視線は同時に、琴音に課せられた運命から逃れることは許さない、という無言の圧力もはらんでいた。
食卓に並べられた朝食には、全く手が伸びなかった。温かい味噌汁の湯気が、琴音の顔をぼんやりと霞ませる。食欲は完全に失われ、胃の腑のあたりが重く、冷たい汗が背中を伝うのを感じた。一口食べようとしても、吐き気がこみ上げてくる。
親戚たちの話し声が、食堂の外から聞こえてくる。「琴音様もいよいよだね」「これで村も水瀬家も安泰だ」といった言葉が、琴音の耳には、まるで自分とは関係のない、遠い世界の話のように響いた。しかし、その言葉が、琴音がこれから直面する現実の重みを、嫌というほど突きつけてくる。
琴音は、ただ俯き、冷めてしまったお茶を一口、また一口と飲み込んだ。その苦さが、琴音の心の奥底に広がる絶望の味と、どこか重なって感じられた。
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