第5話 月の光に誘われて

 電車に乗っている時も、眞子はずっと寄り添っていた。座席の隣で秀之の肩というより二の腕に頭を預け、繋いだ手は、恋人繋ぎ。暫くして最寄り駅に到着。

駅から自宅まで、満月が道を照らし、二人の進む道を指し示しているかの様だった。

 自宅に着いてから、秀之は真っ直ぐに浴室に向かった。少し熱めのシャワーでスッキリする。バスローブを羽織って、リビングに行くとソファーで眞子が寝て居た。 その横を静かに通り抜けてキッチンにいく。冷凍庫から丸く凍らせた氷を一つ取り出し、ロックグラスに落とす。そこに、シングルモルトのウイスキーをワンフィンガーだけ注ぎ、寝酒を作った。

それを持ってリビングに戻り、眞子に声を掛ける。「ソファーで寝ると風邪ひくよ。」と耳元で言ったが、反応が無い。暫く、向かい側の椅子に座って、眞子を見つめながらグラスを口に運ぶ。部屋の照明は少し落としてあり、電球色の淡い光が彼女の横顔に影を作っていた。そして、そのグラスが空になる頃、眞子は起きた。

「あら、私、眠ってしまったのね。」そう言いながら、半分閉じた目を擦ってこちらを見た。「シャワー浴びておいで。サッパリするよ。」そう言って椅子から立ち上がると、眞子も上体を起こした。「うん、そうする。」と言い立ち上がって浴室に向かう。その後ろ姿が艶めいている。秀之は彼女を見送ると、再度キッチンに行き、今度は8オンスのタンブラーに氷を入れ、炭酸水を注いだ。そしてウイスキーを少し注ぎ、薄めのハイボールを作った。

先ほどのロックグラスの氷を捨て、新しく丸氷まるごおりを入れ、同じくワンフィンガー分のシングルモルトを注いだ。2つのグラスを持ち、寝室に向かう。

 寝室には2台ベットがあり1台はシングル、もう1台はセミダブルで、その2台のベットの中央にあるサイドテーブルに、2つのグラスを置き、セミダブルのベットの上に寝転んだ。

少しして、浴室の方からドライヤーの音がした。音が止むと、お揃いのバスローブを羽織った眞子が寝室に入ってきた。シングルベットの方に腰掛けると。こちらを見ながら「このグラス、私の?」と聞く。「そう君の分。少し薄めにハイボールを作って置いた。」と言いながらグラスを手渡す。「ありがとう」と言って眞子が受け取る時、指先が触れる。秀之も慣れて来たせいで、ドキドキはしなくなったが、少しこそばゆい感じがした。そしてお互いにグラスを手に持ち、目線に上げて乾杯をした。

グラスの半くらいを一気に流し込んだ眞子は「うーん、最高に美味しい」と笑みをこぼした。見かねて僕は「おいおい、一気飲みは酔いが回るぞ」と言うと「今夜は酔いたい気分」と更に笑みを浮かべた。『ちょっとまずい雰囲気か?』と思いながら、眞子の手からグラスを受け取る。サイドテーブルに戻し、自分のグラスもそこに置いた。すると眞子が「ねえ、今晩一緒のベットで寝てもいい?」と悪戯っぽく微笑む。

しどろもどろに成っている僕を見て、ベットの端からと入り込んでくる。

「ちょっと、待った。」と言う言葉も聞かずに、僕の腕を自分の肩に回し、腕枕の体制になる。「私だってこの歳だもの、男の人を知らない訳じゃ無いのよ。」と小さく呟く。僕の胸は高鳴り、変な汗をかき出す。それでも構わず眞子は僕の胸に頭を預ける。「秀之さんの心臓の音が聞こえる。」と呟き、更に顔を埋める。洗ったばかりの髪の匂いは独特の香りを放ち、シャンプーの香りも相まって、鼻腔をつく。『だめだ、理性が飛ぶ』そう思った瞬間、秀之の男が頭をもたげる。「えっ!あり得ない。」と乾いた小さな声が、僕の口から飛び出す。すると眞子は「嬉しい。私を女として認めてくれたのね。」そう言いながらさらに、上体を僕の上に預けてきた。眞子の顔が目前に迫る。思わず僕は目を閉じたが、僕の頬を両手で持ち、そのまま彼女は唇を重ねてきた。

音もなく静かに、レースのカーテン越しに差し込んで来た満月の光が、二人を見つめていた。

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