第25話 ラッキースケベ連発!? 白洲さん、塗らせてください!

 私はテラスのデイベッドに、うつ伏せでそっと寝転がった。

 肌に当たる風がくすぐったくて、心臓の音が、波の音より大きく聞こえる。


「……あっ、あのっ、白洲さん。塗るのは……肌が出てるとこだけで、大丈夫ですから……っ」


 頑張ってそう言ったのに――


「いけません」


 白洲さんは、いつもの冷静な声で、きっぱりと言い放った。


「えっ……」


「日焼け止めは、肌が露出する可能性のある部分すべてに塗るべきです。水着のズレや透過によって、意図しない日焼けが発生することもありますから」


 ……論破された。完ッッッ全に論破された……!!


「こ、こここの下も……ですか……?」


「はい。“必要であれば”の話ですが……お任せしますよ、心愛さん」


 私が勇気を振り絞って、「じゃあ、お任せで……」と言うと、白洲さんは真面目な顔でジェルを手に取り――私の背中に、ひんやりと塗り始めた。


「んっ……」


 冷たさと、白洲さんの手のひらの熱が交互に感じられて、体がびくんとする。


 肩甲骨のあたりを円を描くように撫でられて、背骨に沿って、優しく、でもしっかりと塗り込まれていく。


 腰骨の上、ラインぎりぎりのところに指先が触れたとき、私は反射的に、ぎゅっとタオルを握ってしまった。


「くすぐったくはありませんか?」


「っ、だ、だいじょうぶです……っ♡」


 そして、白洲さんの手が――


 ……白洲さんの手が……

 

 そ、その先は……っ


 ちょっ……!? えっ、ま、まって!?

 そこは、そこは本当に、塗らなくても、よくな――


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!」


 私の脳が処理落ちして、全身から蒸気が噴き出した。

 湯気どころか、魂が抜けかけた……かもしれない。


「定期的な塗り直しが必要なので、2〜3時間後にまた塗りましょうか?」


「…………はいぃぃ……♡♡♡」


 私は半ば意識を飛ばしながら、デイベッドにとろ〜んと沈み込んだ。

 その隣で。

 白洲さんは、腹筋を輝かせながら淡々と自分に日焼け止めを塗り始めていた。


「って、あーっ!?!?!? 私が塗りたかったのにぃぃぃー!!!」


「では次の機会にでも」


 トロけてる場合じゃなかった……!

 おさわりチャンス、逃したああああああああ!!!



 ――数分後。

 私たちはヴィラ専用のプライベートビーチに降りていた。

 目の前には、絵に描いたみたいな青い海と白い砂浜。何度見ても最高の眺め!

 ……えへへ。やっぱり、水着ってこういう場所で着ないと損だよねっ。


「心愛さん。砂浜は思った以上に熱いです。裸足だと火傷しますよ」


 完全防備でビーチシューズを履いた白洲さんが、私の分の靴まで持って歩いてくる。


「だ、大丈夫ですっ。ほらっ!」


 私は勢いよく裸足で砂の上を駆け出した。

 サラサラの白い砂が足にまとわりつく感覚に、テンションが上がっちゃう。


 やがて二人で波打ち際へ辿り着く。

 ――ふっふっふ……海と言えばラッキースケベ!!

 入念に計画した“スケベ作戦”を、ここで実行する時がきたのだっ。


「じゃーん! 白洲さんを、埋めちゃいます♡」


 私はシャベルを両手に掲げ、にやりと笑う。


「……何故埋めるのでしょうか?」

「う、海だからです!!」


 ――“スケベのため”なんて、もちろん言えるわけない。



「〜〜♪」


 私はえっさほいさと白洲さんを砂に埋める。

 胸元の下あたりまで、がっちり固定。


「……これは本当に必要な行為なんですか?」

「ビーチといえばコレですっ。はい、我慢してくださいね!」


 ……ふふふ。これなら動けない……。

 あ、もうちょっと埋めた方が拘束力アップかも!

 気分は極悪人、頭の中はピンク色!“お色気マフィア・心愛”の登場だ〜ッ!!


 やがて出来上がったのは、スイートポテトみたいな砂山に埋まる白洲さん。

 ……いや、白洲パイ? はみ出した餃子みたい……いや、食べ物に例えるな私っ!!


 ――今なら……キスできちゃう……♡


「白洲さん、お加減はいかがですか〜?」

「……波が近くて落ち着きません」

「え〜?近いですかぁ〜?」


 私は顔をぐいっと近づけていく――


「心愛さん……?」


 白洲さんの唇まであと10センチ。その瞬間、ざっぱーん!と大きな波が押し寄せた。


「モゴゴゴゴゴゴ!?」

「わー!!白洲さん!!!!」


 砂に埋まったまま顔面に波を浴びる白洲さん。

 ヤバい!溺れる!? 早く掘り出さなきゃ――


 次の瞬間、白洲さんが自力で砂から抜け出し、私の腰を抱き寄せた。


「やはり、波打ち際でこの行為は危険ですね」

「~~~~っっ♡♡♡」


 近い!近い!私の心臓が爆発する!!

 ……っていうか、私が仕掛けたのに、結局助けられてるの私の方じゃん!?



 その後はしばらく砂浜ではしゃいだ。

 私が砂山を作っている隣で、白洲さんは――なぜか黙々と立派なお城を築き上げていた。

 

 真剣そのものの瞳。

 まるで熟練の職人さんみたいで……でも時々、ほんのり楽しそうで。


 ……ああもう。相変わらず真顔なのに、なんでそんなに素敵なんですか。

 

 今度は浮き輪。

 プカプカ浮かぶフラミンゴの浮き輪……いわゆるライドオン系の浮き輪に、白洲さんが静かにまたがっていた。

 

「初めて乗りました……」


 ピンクのフラミンゴさんも可愛いけど、ちょっと照れてる白洲さんはもっと可愛いー!!

 でもそれも置いといて!見てください、この絶妙な不安定感!!計画通りなのでありますっ!

 

「じゃ、じゃあ……私も、後ろから……♡」

 

 私は背後から抱きつくように乗り込んで――。

 よしっ、背中にギュッて……! これなら完全に密着できる……!!

 ちょっぴり悪い笑みを浮かべながら白洲さんに腕を回してギュウって………………。


 ……。

 

 実際に当たったのは、胸だけだった。


「~~~~っっ!?!?!?」

 

 身長差と体格差のせいで、背中にピッタリはできず、結果“胸アタック”状態に。

 く、くそう!!憎い!憎いよ私の胸!!!

 お前は一般的に見て大きくて魅力的だか何だか知らないけど……!!


 白洲さんには効かないんだぁ〜〜〜〜!!!

 

 私はむんっと腕に力を入れて、少しでも身体を密着させまいと頑張る。

 

「白洲さん……ど、どうですか……♡」

「波で揺れると不安定ですね。落ちないように気をつけてください」


 やっぱりダメだ〜〜っ!!!胸じゃダメなの! 最強兵器のはずなのにっ!!!


 バランスを崩した私は、そのまま白洲さんごと浮き輪をひっくり返し、ドボン!

 すぐに抱き上げられて浜辺に戻される。


「……不安定な姿勢でしがみつくのは危険です」

「わ、分かってますぅぅ!!」


 不安定なのは私の胸なんですけどね……。チビ華奢なのに不釣り合いな胸で本当にごめんなさい。

 

 念に念を入れて捻り出した私の計画はサクっと失敗した。


 

 だがしかし!ラッキースケベの神様は私を見離さなかった。


 波打ち際で戯れていたとき、足を滑らせた私は――

 そのまま白洲さんの腰に、跨るように倒れ込んでしまったのであるっ!


 布越しに白洲さんの真っ赤なブーメランパンツに封印された白洲さんを感じる……!?

 

「っっ……!? し、白洲さん……あ、当たってます……っ……!」


 布越しに、確かに、存在を主張する何かが……!

 しかも、ピチっとしたブーメランパンツだから余計に、はっきりと……。

 この私の高揚感!!これには流石の白洲さんだって!!

 

「上に跨ってますからね。体は密着するでしょう」

「~~~~~~~~~~っっっっ!?!?」


 いや、そういう意味じゃないの!!

 ていうかこの白洲さんの白洲さんは本気なの!?冷静なの!?どっちの白洲さんなの!?!?

 私の脳内で、知らない知識と知ってる漫画がごちゃ混ぜになって大爆発する。


 ――ハっ!?今なら聞ける……!?


 「こ、興奮しますか!? 白洲さん!!」

 

 白洲さんは真顔のまま、少し体勢を見直す。


「……格闘技なら、この位置は“マウントポジション”ですね。観客は興奮するでしょう」

「はぁぁぁ!?!?!? ちょっ、違っ……そういう意味じゃなくぅぅぅ!!!」


 私の脳内では、いつの間にかリングアナの声が響きだした。


《おおっと! 白洲選手、心愛選手にマウントポジションを取られている~~!》

《しかし冷静だ! この体勢を返せるのか!? 観客、大歓声ぃぃぃ!!》


 ~~~~っ!! ま、マウントポジションって……!?

 頭の中で、格闘技と……いや、ベッドシーンと……もう色々ごちゃ混ぜになって――。


 ……いや、ないわ。白洲さんが獣になることは絶対にないわ……。

 自分で勝手に想像して、自分で勝手に冷めてしまった。

 

「……早く立ち上がらないと、また波が来ますよ」

「そうですね……」


 私は半泣きで立ち上がり、足元の砂を蹴った。きっとその涙はピンク色。

 

 すんと澄ました気持ちに、この海は青すぎる……!!

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