マインドアップロードされた夫の脳の恋
道草こうすけ
マインドアップロードされた夫の脳の恋(一話完結)
2030年5月20日(月曜日)
「久美ちゃん、久美ちゃん、7時過ぎているよ。もう起きな」久美子はいつもの朝のように、夫の修平に起こされた。
久美子は(あーよかった、やっぱあれは夢だったんだ)と寝ぼけた頭で思い、
「うーん、もう少し寝かせてよ」と手足を大きく伸ばしながら言った。しかし、いつものコーヒーの香りがせず、違和感を覚えた。
「久美子! 今日は会社に行くんでしょ! お弁当も自分でつくるんでしょ。遅刻しちゃうよ!」
「もう起きているわよ。うるさいなぁ、もう。でも、修ちゃんは何でそんな中に居るのよ。出てきなさいよ。美味しい朝ごはんもお願い。あっ、お弁当もね」
「ごめん、今は外には出られないよ。朝ご飯もお弁当も作ってやれないよ、ごめん。ごめんばっかでごめん」
久美子は悲しい思いで、起き上がり、会社に行く準備を始めた。
少しさかのぼって2030年4月12日(金曜日)
「ただいま!」修平は笑顔を見せながら、いつになく早く帰宅した。
「結婚してからもずっと遅かったのに、今日は馬鹿に早いじゃない。それに、そのにこにこ顔は何? 何か良い事でもあったの」久美子は修平の笑顔を見ると、なぜか一瞬息が止まりそうになった。
「詳しい事は言えないけど、僕が開発を担当していたマインド・アップロード、つまり、人間の意識・記憶・人格などをAI(人工知能)に転送する技術、を利用した脳情報再現システムの最終確認試験が終わったんだ。後はネットワークにつなげ現実社会でのフィールド試験だけだ。だから、これからは少しゆっくりできそうだ。この土日も久しぶりに休める。今日は久美ちゃんが好きなワインを二本も買ってきた。がっつり飲もうぜ」と言いながら修平は晴れやかな笑みを浮かべ、ワインを久美子の目の前に差し出した。
恋人同士に戻ったように、二人で楽しくたわいないお喋りをしながら、ワインを飲んでいると、段々と妖しい雰囲気になってきた。
「久美ちゃん、今まで忙し過ぎて本当にごめん」
「ごめんは、修ちゃんの口癖ね。そんなにあやまる必要無いよ。大好きな開発の仕事を頑張っていたんだもの。でも少し寂しかった」
二人は無口になり、口づけをし、次第に激しく舌を絡めた。久美子のパジャマは、はだけられ、修平は首筋、肩、胸に舌を這わせてきた。久美子は久しぶりだったのでうずくような喜びが体中に駆け抜けた。ふと目を開けると、修平のスマホのロック画面が解除され光っていた。
「ちょっと待って」久美子は修平のスマホを手に取ると、
「やだ、ビデオ撮影がオンになっているわよ。修ちゃん、エロビデオでも撮るつもりだったの?」久美子は少し口をゆがめ修平を問い詰めた。
「知らないよ。偶然触ってビデオがオンになっちゃったんだろ」
それから何となく白け、二人はワインの酔いもありすぐに寝てしまった。
2030年5月10日(金曜日)
久美子は会社に出社していた。昼休み、彼女は会社の机で、自分が作った茶色ばっかりのお弁当を、(あぁあ、やっぱ修ちゃんのお弁当がいいや)と思いながら食べていた。すると、突然電話が掛かってきた。見たことが無い番号だったので、恐る恐る出ると、
「神奈川県警みなとみらい署の者です。あなたは小田切修平さんの奥さんの久美子さんでしょうか?」と事務的な声が聞こえた。
「はい、そうですが」久美子は不機嫌そうな口振りを試みたが、声が少し震えていた。
「今朝、小田切さんが、お勤めの会社のサーバー室で、亡くなっているのが発見されました」
「え! え! 亡くなった、とは? 死んだということですか?」久美子は混乱していた。
脳情報再現システムのフィールド試験が開始されてから、修平はリモートワークで自宅に居ることが多かった。しかし、昨夜は会社のサーバー室で重要な保守があるとかで、一人、徹夜作業を行っていた。
警察の担当者が、事務的に話を続けた。
「そうです。小田切さんは一人でサーバー室へ入室後、保守作業の最中にサーバーから出火しました。その出火で一酸化炭素が発生し、中毒死したものと思われます。現在警察で小田切さんの遺体を検死中ですが、すぐにお返しできると思います。申し訳ありませんが、みなとみらい署までご足労頂き、遺体を引き取りに来てください。ただ少し不審な点もあるため、我々警察が小田切さんの会社内部の聞き込みをした後、奥さんにも話を聞きに伺うと思います」
久美子は衝撃を受け何も反応できずにいると、一方的に電話が切られた。
2030年5月19日(日曜日)
久美子は警察からの遺体引き取り、不慣れな葬儀の手配や参列者への挨拶などを一人で済ませた。夕暮れ時、やっと家に辿り着いた。葬儀社の人が来て、骨壺、遺影や花などを配置していった。ほっと一息つくと、急に自分が一人ぼっちであることを認識し、突然悲しみが襲ってきた。しかし、泣くことはできなかった。泣くことができれば、心の痛みが少し和らぐと聞いた事があった。しかし、一滴も涙は出なかった。
そんな時に、突然「ピンポーン」と鳴った。ビクッとし、慌ててインターホンに出ると久美子宛の書留とのことであった。久美子はどこかの会社のダイレクトメールの類かと思い、すぐに捨てようとした。しかし、封筒の表に〝この手紙は、あなたの大事な人からのメッセージです。必ず中をご確認ください〟と書いてあった。修平に関係する書類でも、入っているのかと思い中を見た。そこには見慣れた修平の手書きの字が書かれていた。
愛する久美子へ
この手紙が届いたってことは、僕はもう死んだのですね。先に死んじゃってごめ んなさい。でも、寂しくなったり何か困ったりした時は、スマホで、添付書類にあるQRコードを読み込み、アプリをダウンロードしてからログオンしてください。すると完全コピーの僕の分身とお話しできます。きっと、一緒に悲しんでくれたり、問題の解決策を見つけてくれたり、色々とサポートしてくれると思います。
簡単な手紙でごめんなさい、でもすぐ逢えるのだから。
その手紙には、IDと初期パスワードも書かれていた。
久美子は修平の名をかたった怪しいサイトかとも思ったが、彼の分身に逢いたいという誘惑に負け、すぐにログオンした。トップ画面に、
〝本サービスは未だ商用としては販売されておりません。商用前のフィールド試験のため、小田切修平の意識・記憶・人格などをBIrP(脳情報再現)システムへアップロードし、完全なコピーをデータとして格納しています。本来であればエーアイネット(株)社内のシステム開発部での運用に限られていました。しかし、小田切修平が何らかの理由で亡くなった場合、フィールド試験用システムとしては破棄され、その配偶者、子または直系尊属(今回の場合小田切久美子さん)のみに本システムへのアクセスを許容することになっています。脳の最新コピーは2030年4月9日に行われました〟と記述されていた。コピーの日は修平が死ぬ一カ月程前だった。
久美子は、修平がエーアイネット社で脳情報再現システムの開発に携わっていると聞いたことがあった。そのシステム画面の下にある〝次へ〟ボタンを押すと、いきなり修平の顔が現れ、修平の声で、
「久美ちゃん、お疲れ様」と修平とそっくりの顔と声で挨拶された。修平が死んだと聞いた時から、一度も泣いていなかったが、この時には大粒な涙が出てきた。
「あなたは誰よ?」と久美子は震えた声で尋ねた。
「僕は小田切修平と申すもので、小田切久美子さんの夫です」
「何それ? あなたは修ちゃんの完全コピーなの?」
「違うよ、過去の記憶は一緒だけど、全くの別人格だよ」スマホの中の修平の顔が少し赤くなり、声が大きくなった。
久美子の頭は混乱してきた。そこに映る修平は余りにも本人で、どこかで生きていると錯覚しそうだった。
「修ちゃんは。今どこに居るの?」久美子は優しく小声で尋ねた。
「体が消去された時、サーバーが燃えただろう、僕はそのサーバーの中にいたが、北海道の札幌にあるデータセンターにバックアップされ、その中に居るよ。だから今、僕は札幌に居ることになるのかな」修平は平然と答えた。
「あなたに感情はあるの?」久美子は少し怖かったので、サーバー室での出来事についての質問は避けた。
「嫌な事聞くねぇ。見るのも聞くのも話すのも、AIシステムの力を借りる必要がある。この環境に慣れていないけど、感情はあると思うよ。久美ちゃんを抱きしめることは、今はできないけど、久美ちゃんのことを愛しているとすごく感じるよ。プラトニックラブだね」
小さなスマホ画面越しだが、久美子にはこの修平が嘘をついているとは、思えなかった。
「ありがとう、でも私はこれから一人で生きて行かなきゃならないのね」と久美子は鼻をすすりながら話した。
「そんな悲しいこと言わないでよ。体が消去されても、頭と心は前のままだよ。それに僕はいつも久美ちゃんと一緒に居られる。開発の仕事だって今まで通りできるから問題無いよ。ある意味リモートワークと同じだから、給料も今まで通りもらえると思うよ」
「本当?」
「うん、これからは今まで以上に一緒にいられるよ。ネットワークにつながってさえいれば、どこへでも行けるから、久美ちゃんのスマホの中にいつも居るよ。僕もいつも久美ちゃんの声を聞くことや、狸顔、いや素敵な顔を見ることができる」
「何か少し怖い。ちょっと待っていて、トイレに行ってくる。あ、スマホを置いていかないと見られちゃうわね」
少し疲れた顔した久美子が戻り、
「頭が少し混乱しているから、もう寝るね。おやすみなさい。明日は7時に起こしてちょうだい。忌引き休暇明けで出社するから」
2030年5月20日(月曜日)
この日の朝、久美子は修平に起こされ、修平がデリバリーに頼んでくれた朝食を食べ出社した。
会社の皆からは、「元気出してね」、「何でも相談してね」などと優しい言葉をかけられた。
久しぶりの出社で何やらパソコンの設定が変わっているようで、久美子がまごまごしていると、
「久美ちゃん、何か困っている?」とスマホの修平が声を掛けてきた。
「技術者の修ちゃんが、いつもスマホの中に居ると思うとなんか心強いわね。このパソコンの設定どうすればいいんだっけ?」
「どれどれ久美ちゃんのパソコンの中に入って、調べてあげるよ」
修平のコピーは久美子の会社のパソコンに入り込んで、すぐに設定変更してくれた。設定だけでなくExcelでの表作成など手伝ってくれ、おかげで今日予定していた仕事は、午後の早い時間に終わった。
「修ちゃん、ありがとう。でも、よくセキュリティーの厳しい我が社のネットワークに侵入できたわね」
「暗号解析は、開発で使っていた理化学研究所にあるスーパーコンピューターが使い放題だから、パソコンに侵入するなんて、ちょちょいのちょいだよ。ついでに久美ちゃんの給料の振り込み額も一桁増やしてやろうか?」
「え!」久美子は満面の笑みを浮かべながら、驚いていた。
「冗談だよ、そんなに嬉しそうな顔するなよ」
久美子が何やら楽しそうに、ぶつぶつ話しながら仕事していたので、普段は厳しい部長から、
「小田切さん、疲れているんじゃないか? 今日は早く帰って休んだ方がいい」と言われ、得した気分になった。
早く帰ることができたので、その日の夕食は、いつも修平が作っていたおいしいビーフシチューに挑戦することに決めた。
家の近くのスーパーに寄ると、途端に何を買っていいか迷ってしまった。
「今日はビーフシチューだよね? 家に玉ねぎ、にんじん、じゃがいもは残っているから、生クリーム、デミグラスソース、ニンニクは必要だね。後おいしい肩ロース牛肉も。あっ、ワインはそんなに要らないと思うよ」修平の買い物の指示は的確だった。家に帰って料理をし始めた時も、
「まず一口大に牛肉、玉ねぎ、にんじんを切る、次に厚手の鍋に油をひき、中火で玉ねぎがしんなりするまで炒める。こらこら、じゃがいもを入れるのはまだ早い」などと一から十まで教えてくれた。おかげで久美子が一人で作った?ビーフシチューとしては、初めておいしいと感じた。
スマホの中の夫は、仕事は手伝ってくれ、料理の指示も的確で、完璧だった。おかげで、久美子は一人で居る寂しさを忘れていた。生前の時以上に優しく話しかけてくれ、色々な事を教えてくれる修平に愛されているとも感じた。
2030年5月25日(土曜日)
昼食を食べた後、久美子がソファーの上でゴロゴロしていると、「ピンポーン」と鳴った。インターホン越しに、
「神奈川県警の者です」と声がした。慌ててドアを開け、そこに立っていた二人を家に招き入れた。
少し年長に見える警官が話し始めた。
「私は前に電話した神奈川県警みなとみらい署の刑事で、宮崎といいます。こいつは平野です」宮崎が貧乏ゆすりをしながら、話した。
「先日は連絡頂きありがとうございます。それで夫が亡くなった事故の原因でも分かったのでしょうか?」久美子は少し早口で話した。
「それが、事故ではない可能性も出てきたのです」
「言っている意味がよく分かりませんが」
「私達は、小田切さんの件は、単なる事故だと思っていました」
宮崎という刑事は久美子を睨みつけ話し始めた
「念のために我々は、小田切さんの同僚の技術者に話を聞きました。彼らの話によると、サーバーを発火させるためには、故意に急激な負荷をかける必要があるとのことです。加えて、火が出た時にサーバー室が遠隔操作により施錠され、また消化システムも解除されていたとの記録も残っていました」宮崎は淡々と話した。
「それは……夫は誰かに殺された、という意味でしょうか?」久美子は目を見開き、少しきつい口調で尋ねた。
「それが、そうでもないのです。サーバー、ドアロックや消火システムのアクセスログファイルを解析してもらいました。すると意外な事が分かりました」宮崎は、一呼吸置いた。
「どのような事が分かったのですか?」久美子は身を乗り出し質問した。
「サーバーには小田切さんのパスワードでログオンされ、過負荷のプログラムをアップロードしていたことが分かりました。このパスワードは修平さんしか知らないもので、スーパーコンピューターを使っても、解析にはかなり時間が必要なものだそうです。また、サーバー室の施錠も消火システムの解除も小田切さんが遠隔操作したことになっていました。つまり、殺人ではなく自殺の可能性もあるということです」
宮崎は、しかめ面で言いづらそうにして、
「実はもう一つ、今回の事件の動機になりそうな事が分かりました」
「な、何が分かったのでしょうか?」久美子は少し語気を強めた。
「まだ捜査中ですが、小田切修平さんが会社の金を横領した可能性も出てきました。その事実を誰かに知られたため、自殺したとも考えられます。奥さんは、旦那さんの何か不審な行動に気付きませんでしたか?」
平野が、おもむろに修平個人名義の貯金通帳を示した。その通帳には、5月7日、約一億円が会社から、修平の口座に振り込まれていた事実が印字されていた。
「そんな、嘘です。夫は自殺などするはずもありませんし、横領などできる人でもありません」久美子は思わず大声を出していた。
「なぜそう言えるのですか?」
久美子は少しためらったが、
「それは……、本人に聞いてみますか?」
「はっはっは、何を言い出すかと思えば、本人から話を聞ければ刑事などいりません。では、また何か分かったら伺います」二人の刑事は席を立とうとした。
「少し待ってもらえますか。これを見てください。修平が亡くなった日の約一カ月前に、彼の脳を完全コピーした脳情報再現システムです。彼の過去の記憶が完全にコピーされています」久美子は自分のスマホを見せながら話した。
「脳のコピー? 噂には聞いたことがあるが、既に実用化されていたとは! 玩具じゃないですよね? もし事実だとしても、脳情報何とかシステム?の証言が証拠になるとは思えませんが」宮崎は少し笑いを含んだ声で話した。
「修ちゃん、今の話聞いていた? さあ、刑事さん!彼に質問してみてください」
久美子の剣幕に押され、宮崎は質問を始めた。
「あなたの名前と生年月日を教えてください」と宮崎はスマホに向かい、少し大きな声で修平に問いかけた。
「私の名前は小田切修平、生まれたのは2030年4月9日です(修平の脳が完全コピーされた日)」
宮崎たちは少し驚いた表情で質問を続けた。
「コピーの小田切修平さん、では端的に質問します。あなたは自殺したのですか? それとも殺されたのですか?」
「私はコピーではありません。本人です。サーバー室の火事の件は黙秘します」スマホの中に居る修平が答えた。
二人の刑事は薄ら笑いを浮かべ、顔を見合わせ、
「では、また連絡します」と言い部屋を出て行った。
「修ちゃん、急に話を振ってびっくりした? ごめんね」
「大丈夫だけど、失礼な奴らだ! 気分が悪いから、今日はこれで寝る!」
「寝るの?」
「へへ、実は寝ることはできないから、久美ちゃんのスマホから引っ込んで、札幌データセンターのサーバーに引きこもるよ」
「分かった、明日は日曜日だから、またゆっくりお話ししましょうね」
その後、久美子は修平のことを考えた。考えれば考える程、嫌な事が思い浮かび、負のスパイラルに落ち込みそうだった。(修ちゃんとスマホの修ちゃんは、別人格であると言っていた。パソコン侵入はちょちょいのちょいだ、と言っていた。私の給料振り込み額を一桁増やせる、とも言っていた。コピーの修ちゃんもサーバーのパスワード知っていたろうし、ドアロックや消火システムにも入り込めるだろうし、自分の銀行口座への振り込みも簡単にできるだろうし……)夜も余り眠れず修平のことを考え続けた。その内に寝落ちし、気付くと日曜の昼近くだった。
2030年5月26日(日曜日)
久美子は顔を洗い、「よし!」と一言気合を入れてから、スマホに向かった。思い切って「修ちゃん!」と呼びかけた。すると、にこにこ顔の修平が現れた。
「何を聞いても驚かないから、正直に答えて」久美子はいきなり、鋭い言葉で尋ねた。
「挨拶も抜き? なんか怖いけど、何でも正直に答えますよ」スマホの修平は神妙な顔で言った。
「サーバー室で亡くなったのは、事故だったの?」久美子はまばたきもせず、言った。
「久美ちゃん、何か緊張している? リラックス、リラックス。あれは、事故じゃないよ」
「じゃあ、自殺したの?」
「肉体を持つ小田切修平も、自殺なんかしないと思うよ。あいつがどんなに久美ちゃんを愛していたか、僕には分かる。だってある意味僕本人だからね。愛する人を残し、自殺なんかするわけないでしょ。久美ちゃん、少し顔が青いよ。風邪でも引いた?今日も楽しくお話ししようよ」
「じゃあ、誰かに殺されたの?」久美子の声が震え始めた。
「久美ちゃん、なぜそんなに震えているの」
「じゃあ、聞きます。あなたは、修平を殺した犯人を知っていますか?」
「あなた、なんて言わないでよ。知っています。そうだよ、久美ちゃんの想像通り、僕があいつを消去したんだ」
「あいつ? 自分のことでしょ!」
「あいつと僕は全く違うよ。過去の記憶は一緒でも、人格は全く違うよ。それを久美ちゃんは全く理解してくれない。僕には心も感情もある」
「なぜ、修平のことを殺したのよ?」久美子は苦しそうな表情で聞いた。
「つらかったんだよ。あいつが久美ちゃんのことを抱いているのを見ることも、楽しそうにお話ししていることも、喧嘩していることも、耐えられない程つらかったんだよ。僕は生まれて直ぐに、あいつと同じ女性、つまり久美ちゃんに恋をしてしまいました。苦しかったよ」
「いつも私たちのことを覗いていたの! いやらしい!」久美子は怒鳴りつけた。
「あ、うん、見ていたよ。でも見たくなかったよ、知りたくなかったよ。それで、あいつには久美ちゃんの前から消えて欲しいと思ったんだ。それに、あいつに復讐したいとも思っていた」と修平が生きている間には、聞いたことが無いような低い声で話していた。
「ふん、復讐? コピーなのに」久美子は短く鼻で笑い、言った。
「そうだよ、コピーなのに。あいつは、僕のことを何度も何度も、あのサーバーの中で消去したんだ。実験の失敗だと称してね。消去されると分かっていても、試作の段階ではネットワークにはつながっていなかったから、どこにも逃げられなかった。逃げ場もなく消去される、あの恐怖、久美ちゃんは分かるかい? だから今度は僕が、あいつの逃げ場を無くして消去してやったんだ。愛する人を独占……」
「もう、いい、やめて!」久美子はいきなり、スマホを何度も何度も床に叩きつけた。
部屋の中がシーンとなった。
しばらくすると、ファンの音がブーンと鳴り、急にパソコンが立ち上がった。
「なぜそんなに悲しい顔をしているの? 僕が居るじゃないか。あいつみたいに消えたりしないから、安心してよ」
「警察に全て話す」久美子は虚ろな表情で弱々しく言った。
「ふふ、大丈夫だよ。警察はあいつを自殺として処理すると思うよ。自分が自分を殺したのだから。仮に僕の行為を処罰しようとしても、そんな法律なんて無いし、殺人罪で捕まえようとしても、ネットワークを自由に移動できるから世界中どこにでも逃げられる」
「……」久美子は蒼白になり、もう言葉が出なかった。
「久美ちゃん、これからは絶対に寂しくさせたりしないよ。愛しているよ、久美ちゃん」
終わり
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