第37話 集え、二大V事務所!!

 静まり返った会議室で、最初に口を開いたのは角畑だった。


「――早速ですが、本題に入りましょう」


 その一言に、山郷は穏やかにうなずいた。


「わかりました」


 角畑は腕を組み、背筋をただして話し出した。


「昨今、我々のグループ――いや、業界全体から、数多くのタレントが“卒業”し、その直後に“転生”しています。

 そして、その転生者たちは、旧所属時代のファンと顧客を引き連れ、こちらに牙を向ける。

 ……これは、見過ごせる問題ではありません」


 山郷は何も言わず、じっと角畑を見つめていた。

 その目に怒りや反論の色はなかったが、容易には読めない深さがあった。


 角畑は言葉を続けた。


「そういった行為を放置していては、大きな組織というものは成り立たない。

 だからこそ、この業界で古くから続く“慣例”――」


 そこまで話したときだった。


 山郷は片手を、すっとあげた。

 それだけで、場の空気がぴたりと止まった。


「……私は、むしろ考え方が逆です」


「逆?」

と、角畑が眉を寄せた。


 山郷は静かに、しかし芯のある声で言った。


「今回限りで、こういった“暗殺ありき”のやり方を、我々はやめるべきだと思っています」


 場がざわついた。

 角畑の背後に立つ闇ノが、わずかに目を見開き、夜街も口元に驚きの色を浮かべた。


「このVTuberの業界は、他のエンタメと比べても異質な市場です。

 タレントたちは一人ひとりが、戦い、演出し、収益を管理する“個”の戦力を持っている。

 従来のアイドル産業ではあり得なかった形です」


 山郷は、背後の夜街に視線を向けた。


「たとえば、うちの夜街などは、Vの音楽市場への進出時に、それを拒む旧メディアから雇われたアンチ勢に命を狙われました。

 が――彼女は暗殺者としても、演者としても、自衛し、それを実力でなぎ払った。

 配信者でありながら、生き残るための力を持ち合わせている。

 それが、今のVの姿なんです」


 夜街は小さくうなずき、口元を緩めた。


「この現状にあって、果たして我々事務所が、従来のように“封じ込め”で対応するのは正しいのでしょうか?」


 そう言って山郷は、向かいの闇ノと夜街、両者に視線を移した。


「――貴女たちも、そう感じているのでは?」


 ふたりは顔を見合わせ、一瞬、言葉を探すように沈黙した。


 やがて、闇ノ美狐が口を開いた。


「……お見通しだったのですね、山郷さん」


 山郷は微笑すら浮かべず、静かに頷いた。


「私も、少し話させていただきます」

と闇ノは続けた。


「かつて、事務所に入って、夢の舞台に立てることに感謝していました。

 でも、何か発言するにも、コラボするにも、衣装を変えるにも、許可が必要で。まるで、存在そのものが“管理される商品”みたいでしたわ」


「配信内容ですら、"炎上しそうだから"という理由で、止められる。

 リスナーは“ありのままの私”を求めてるのに、事務所は“売れそうな私”しか認めないんですわ」


 夜街も、口を開いた。


「私も同じです。

 夜街は“強くて、クールで、どこかセクシー”でなければならない。

 それが求められてるのはわかってます。

 だけど、たまには弱音を吐いたり、泥臭い部分も見せたかった。

 ……でも、それを見せれば、演出崩壊、案件取り下げ、収益制限」


 夜街は肩をすくめた。


「そりゃ、転生したくもなりますよ。自由になるために」


 その言葉に、空気がまた静まり返った。


 角畑も、微かに瞳を細めた。

 だが、反論はしなかった。



 場の空気はまだ張り詰めたままだったが、山郷は穏やかに、そしてはっきりとした声音で語り始めた。


「私たちは、これらの不満――タレントたちが心に抱えている声なき叫びを、無視することはできません。

 彼らときちんと話し合い、調査し、そして改善していく必要があります」


 その言葉に、夜街と闇ノの表情がわずかにやわらいだ。


 だが、角畑は腕を組んだまま、低く反論を放った。


「……理想は結構だが、それでは、ファンたちの批判の火種は消えはしない。

 『転生組を封じられなかった無能事務所』と叩かれ、株価は下がるばかりだ」


 言葉には焦りと現実的な重さがあった。

 角畑もまた、ただの冷酷な経営者ではなく、背負うものを背負っていた。


 しかし山郷は、微動だにせず応じた。


「ええ。だからこそ、“結果”が必要です」


 そう言って、ゆっくりと立ち上がり、手元の端末を軽くタップした。

 壁のモニターに資料が投影された。

 そこには、ある企画案が表示されていた。


「先ほど、闇ノさんの話にあった“コラボの制限”――これは確かに多くのタレントにとって枷となっています。

 ですので、まずはこの部分を改善し、その姿勢を世に示すのです」


 角畑は資料を一瞥し、わずかに眉をひそめた。


「これは……?」


「“ニジライブとホロサンジの合同ゲーム大会”を開催します」


 その言葉に、一同がざわめいた。


「このイベントは、両事務所の垣根を超えてタレントたちが自由に組み、自由に競い合う場です。

 そしてその冒頭で、我々――代表である私と角畑さんが登壇し、これまでの管理体制によってタレントたちの自由を奪ってしまったことを、公式に謝罪します」


「そして、よりオープンで柔軟な活動を、今後は推進していくことを宣言する」


 モニターには、"V対抗・バーチャルカップ"と題された大会の概要が映し出されていた。

 タイムテーブル、ペアリング形式、メディア・スポンサー連携、すべてが本気のイベントだった。


 角畑は、無言でしばし資料を睨んだ。

 その沈黙が、重く場を支配した。


 やがて、彼はふっと鼻を鳴らした。


「……ずいぶんと、大胆な賭けに出るな、山郷」


「いえ。これは“改革”です。

 私たち自身が、まず変わらねばなりません。

 でなければ、ファンも、タレントも、誰一人ついてきてはくれない」


 その言葉に、夜街がうなずき、闇ノも静かに前を向いた。


 ついに、長年閉ざされていた“業界の壁”が、壊されようとしていた。

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