第31話 エンタメになった引退!!

 それから三日後の夜、V界隈に激震が走った。


 トレンド一位。告知画像と共に、全SNSで同時公開された新Vの名は──


 夕陽 ゆうひ・さき


 ファンアートが一斉に描かれ、驚きと祝福の声が飛び交った。


 しかし、彼女の姿を見た者は皆、ある一人の名を思い浮かべずにはいられなかった。


 南海アクア。


 かつてニジライブに所属し、明るく元気な声と繊細な感情表現で多くの人を魅了した、"あの"南海アクアだった。


 ──姿も声も、ほぼ同じ。


 ──絵師も一緒。


 ──「アクたん」時代の口癖や語尾まで、まるで引き継がれていた。


 そうして、彼女はデビュー初日の同時接続数が、前代未聞の数字を叩き出していた。


 コメント欄には、見知ったファンネーム、ファンマーク、かつてのミーム。すべてが"再会"を祝っていた。


『戻ってきてくれてありがとう!』

『なにをいっているんだい?ぼくたちは彼女と初めましてじゃないか!』


 そんな寒々しいコメントが連なった。

 

 一方で、それと同時に、その転生を受け入れられないファンもいた。


 なぜなら、わずか半年前。


 南海アクアは卒業ライブで、涙ながらにこう語っていたからだ。


「みんな、忘れないでね……アクたんは、ずっと、みんなの心の中にいるから……っ!」


「また、どこかで会えたら……その時は……ちゃんと気づいてね……!」


 それが、これだったのか。


「……えぐすぎるにぇ」


 みこは、小さく呟いた。普段の語尾が抜けた、素の声だった。


 個室に集まったニジライブの面々の顔には、どこか冷たい現実を前にした、沈んだ影が落ちていた。


「……まぁ、成功はしてるみたいだけど」


 園田がモニター越しに流れる夕陽咲の配信を見ながら、乾いた声で言った。


 画面の中では、かつてアクアがしていたように、少し甘えたような声で笑う彼女がいた。


 夜街はソファにもたれかかりながら、口元だけで笑った。


「これが、"火影"のやり方ってわけね。仕込みがいい」


 あんこは何も言えなかった。


 ──半年前に卒業した南海アクア。


 ──今すでに転生している夕陽咲。


 早すぎる復活、あからさまな引き継ぎ。

 だが──ファンは戻っていた。数字は正直だった。


 あんこは、鷹見レイの名刺が置かれたままの棚を、無意識に見つめていた。


 そして、胸の奥にざらつく感情が広がっていった。


 ──私たちも、いつかこうなるの?


 ──いつか、みんな"そういう道"を選ぶの?


 ざわつきと羨望と嫌悪が、静かに混ざり合っていた。



 それから、さらに三日後のことだった。


「皆さんこんばんは~! 夕陽咲ですっ!」


 華やかなBGMとともに、夕陽咲の配信が始まった。


「今日は、皆さんにすごーく嬉しいお知らせがあります!」


 ほんの数週間前にデビューしたばかりの新人が切り出した嬉しいお知らせ。


 画面の背景が切り替わり、そこに映ったのは、某大手コンビニチェーンのロゴ。

 そして──描き下ろしのコラボイラスト。キャンペーン。クリアファイル、缶バッジ、お菓子とのタイアップ。


「……うそでしょ……?」


 あんこは呆然と、モニターを見つめていた。

 園田も隣で黙り込んでいた。


 個人勢。企業に所属していないフリーランスのV。

 彼らがここまで大規模なコラボ案件を獲得するのは、現実的に不可能に近かった。

 そもそも交渉ルートも、信用も、販路もない。


 裏がある。


 それは、あまりに明白だった。


「……"火影"だ。あの事務所の力だよ、これは」


 園田の声が低くなった。


 あんこが何かを言いかけたとき、スマホが振動した。

 画面には一言だけメッセージが送られていた。


 ──【絢瀬社長:至急、集合せよ】


 その名前を見た瞬間、空気が張り詰めた。


 久々に呼ばれた。

 ニジライブお抱えの暗殺組織へと。

 このタイミング、言われずとも依頼の内容を察することができた。


「呼ばれた、か……」


「だよね。こんなタイミングだもんね」


 あんこと園田は視線を交わし、無言で立ち上がった。


 嵐の予感がする。


 しかも今回は、ただの粛清じゃ終わらない。

 敵は、同じ業界に巣食う“新たな影”だった。


 あんこは、今日の配信は急遽延期との報告をツイッターでして、園田とともに暗殺組織の事務所へと向かった。

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