第14話 VTuber勢力図は暗殺組織次第!?

 朝。

 病院の窓の外には薄曇りの空が広がっていた。雨の気配はないが、風はまだ冷たかった。


 あんこは支度を整え、ベッドの脇で寝息を立てる園田を一瞥した。

 あんこが退院するっていうのに、ぐっすりと眠っていた。


「かわいくないやつ……」


 ぽつりと呟きながら、起こすのも悪いと思って、あんこはそっと病室の扉を開けた。


 だが、園田は気づいていた。

 その声も、足音も。


 ベッドの隙間から、薄目を開けてあんこの背を見送っていた。


 その目は、わずかに揺れていた。


 園田は、あんこが扉を閉めると起き上がり、私物の中に紛れ込ませていた、手のひらサイズのドローンをそっと起動させた。

 赤い小さなランプが灯ると、手から飛んでいき、あんこの後ろをそっとついていった。


 ──追跡装置。


「……こんなこと、するつもりなかったのに」


 自嘲気味に呟いてから、園田は再びシーツを被り、ぎゅっと目をつむった。


(……無事で、帰ってきなさいよ)


 そう祈るように。



 あんこは病院のエントランスに出ると、目を細めた。


「ん?……あの車……」


 迎えに来ていたのは、ニジライブのいつもの白い送迎車ではなく、漆黒の車体にダークスモークがかかった窓──明らかに異様な雰囲気を纏った車だった。


 ドアが無言で開かれ、中から冷たい空気と共に、ひとりの人物が姿を現した。


「乗れ」


 低い声。

 黒のスーツに赤いネクタイ。そして目の奥がまるで鉄のように冷たかった。


「しゃ、社長……?」


 そう、そこにいたのはニジライブ専属の暗殺組織の総責任者──絢瀬社長だった。


 戸惑いながらも、あんこは車に乗り込んだ。

 ドアが閉まると、すぐにエンジン音が響き、車は静かに動き出した。


 走り出して間もなく、絢瀬社長は無言で書類ファイルをあんこの膝の上に投げるように置いた。


「な、な、な、なんですかこれ……?」


 戸惑いながらページを開いた。

 そこには、青年たちの写真──そしてその横に、"狙撃手"、"情報工作"、"毒物専門"などといった職能の記述が並んでいた。


 そして、その上には見覚えのある名前が目に飛び込んできた。


 ──しろさぎ高校。


「……しろさぎ高校って、あの有名なVTuber事務所じゃ……?」


「その通り。そして、こいつらは、そのしろさぎ高校が抱える、暗殺組織の構成員だ」


 あんこは目を見開き、ファイルのページをめくる手が止まった。


「ま、待ってください……VTuberって……そんな……」


「あ?」


 横から絢瀬の低い声が落ちた。


「当然だろ。お前、知らなかったのか? VTuber事務所に限らず、アイドル事務所、俳優事務所、お笑い事務所──まともな業界でやっていくなら、どこも暗殺部門のひとつやふたつ抱えてるに決まってんだろうが」


「…………」


 絶句したあんこは、目の前に広がる現実に崩れ落ちそうになった。


「うそでしょ……知りたくなかった……」


 ファイルの文字が、血のように赤く、にじんで見えた──。



「VTuberヲタクのおまえなら、知ってるかもしれないが──」

 絢瀬は窓の外を見ながら、つぶやいた。


「しろさぎ高校は、社長が突然失踪したんだ」


「……え?」


 あんこの目が、ぱちりと瞬いた。

 脳裏に浮かぶのは、かつて"完璧"と称されていた業界屈指の運営力と、神格化された女社長の姿。


「それで……なんで、そこの“お抱えの暗殺組織”が、私を狙ってきてるんですか?」


 ファイルの中に並ぶ名前と顔。

 その一人が、まさに自分たちを狙ってきた、あのバイクの女だった。


「いや、なんでかはわからねぇ」 

 絢瀬は、鼻を鳴らすようにして続けた。


「ただ、抑えは効かなくなってるみたいだな。“社長”がいなくなってから、現場が勝手に動いてる」


 その言葉には、どこか業界人らしい冷ややかさが滲んでいた。


「だが──これはチャンスだ」


 絢瀬社長の口元が、にやりと釣り上がる。


「お抱えの暗殺組織を潰されるってのは、その事務所が潰れるも同然なんだよ。裏の力を失ったVTuber事務所は、ただの箱だ。潰してしまえば、ニジライブのシェアは跳ね上がる」


「いやいやいや、笑ってる場合じゃないですから!」


 あんこは身を乗り出して叫んだ。


「私と園田、殺されかけたんです! この一週間で命の危機、何回目ですか!? そんな薄い笑顔浮かべてる場合じゃ──」


「──大丈夫だ」


 絢瀬はなおも余裕の表情を崩さず、指をポキポキと鳴らした。


「しろさぎ高校を潰すまでは、その“原因”であるおまえは守り抜いてやるよ」


「その戦いが終わったら?」


「──知らんけどな」


 あんこのこめかみに怒りの筋が浮かんだ。


「はあああああ!?」


 バチン、と鈍い音が響いた。


 あんこの拳が絢瀬社長の頭を軽くぶった。

「少しは真面目に考えてくださいよ、社長!!」


 絢瀬は「いてっ」と言いつつも、どこか満足そうに笑っていた。


 ──だが、そのやり取りの最中。

 車の背後に、もう一つの影が忍び寄っていた。


「ッ……!」


 後部座席の窓の外、猛スピードで迫るバイクのシルエット。


 黒いヘルメット。流れるような動き。

 そして、あの──目元を黒のマスクで覆った、あの女。


「また来た! 追ってきてる!」


「ッ、速い……っ」


 あんこが思わず叫んだ。

 その女は、恐ろしい加速で車の横に並びかけた。


「くそっ……避けろ!!」


 絢瀬が叫ぶより早く──女の右肩に装着されたランチャーの照準が、こちらに向いた。


「またロケットランチャーかよ!!」


 ──次の瞬間、世界が、再び赤く染まった。

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