第9話 マッドサイエンティストと殺し屋は気が合う!!
「うっ……はぁ……ッ……」
夜街れいせいは、床でぐったりともたれかかっていた。
顔色はまだ青白く、かすかに額に汗がにじんでいた。
あんこは、その様子にただただ不安を募らせていた。
「……わかった。やむを得ない。けど……最終決定はプロデューサー、山郷社長が決めることだから。」
そう告げると、あんこはスマホで車の運転手に、目的地の変更を伝えた。
行き先は、ニジライブの事務所ではない。
裏の顔――暗殺組織の拠点だった。
(この子を、ニジライブの他のメンバーの前に連れて行くわけにはいかない)
(それに、もしも事務所で解毒剤を奪えれば……)
あんこの目は鋭くなった。
毒を使う冷酷な少女―園田由貴。
いくらデビューしたいと願っても、どんなマッドサイエンティストでも、銃で打って、ナイフで刺せばただの屍にすぎないのだ。
到着すると、絢瀬社長は待っていた。
そして――開口一番、口元をほころばせた。
「採用!」
「……はぁぁああ!?!?」
あんこの絶叫が室内に響いた。
絢瀬は軽やかに笑いながら、机から二枚の書類を取り出した。
「いま探してたのよ〜、暗殺系VTuber枠。ぴったりじゃない?」
「前世では、しっかり顧客抱えてて、ネットでも話題。引きこもりで、一日中配信できる配信モンスターだったんですって」
「ビジュアルもクセがあって強いし、まじで掘り出し物」
そう言って、あんこが来る間もなく、スマホを片手に、
「……あ、山郷〜? ちょっといい人材見つけた」
と軽やかに通話を始めた。
数分後、ドアが開いた。
スーツ姿の山郷社長が現れ、二人の顔を見比べると、あっさりと頷いた。
「いいですね。これで、黒羽ヨハネとの時間差デビューが成立します。」
「時間差……?」
あんこはわずかに眉をひそめた。
「黒羽ヨハネのデビューから2週間後、秘密結社に“第二の刺客”が加入して、物語が動き出す。そういう仕掛けにするんですよ」
そう言って、絢瀬と山郷は、もはや迷いすら見せなかった。
彼らにとって“暗殺者”の加入は、デビューを彩るあざやかな“スパイス”でしかないのだ。
というか、こいつ、私の同期になるってこと!?
そうあんこが絶句している間に、園田はポケットから例の金属製カプセルを取り出し、あんこの手に押しつけてきた。
「はい、これで夜街さんは助かるから」
すぐさまあんこは夜街に解毒剤が投与して、夜街は数分で顔色が戻った。
夜街は、少しの混乱のあと、こくりとうなずいた。
「……まぁ……こうなる気はしてた」
(いや、納得すんなよ!)
(こいつ、殺されかけたんだぞ!?)
(なんでそんな……すんなり同じ事務所にいること、受け入れてんの!?)
あんこはツッコミたかったが、開いた口が動かず、声が出せなかった。
「それじゃ、彼氏のとこ、いってくるから」
まるで、いままでのことがなかったかのように、けろっとした顔で軽く手を振る夜街に、あんこは思わず無言になった。
(……いやいやいや、社長たち! 止めようよ、誰か!)
けれども、社長たち――絢瀬も山郷も、まるでそれが“日常の一部”かのように軽く流していた。
(問題になったじゃん……いろいろと……)
しかも、彼女――夜街れいせい――を救うために、私は結果的に、
殺し屋と化したマッドサイエンティストの同期と手を組むことになったんだ。
ツッコミどころしかない人生、ここに極まれり。
(あそこで……あの部屋で……二人まとめて撃っときゃ……よかった……)
そんな黒い考えが、脳裏をよぎった。
「よろしくねっ!」
明るく、どこかぶりっ子っぽい声で、園田由貴が手を差し出してきた。
しかし――その瞳の奥、クマの下に宿る冷たい光は、まるで感情の色を失ったガラス玉のようだった。
(全然笑ってないし!)
「……あははは……」
乾いた笑いであんこは手を取った。
(終わった……完全に、終わった……)
そうして、翌日、夜――20時。
黒羽ヨハネのデビュー日。
部屋には、張り詰めたような空気が満ちていた。
「あーあー、隣の客はよく柿食う客」
口を動かしながら、あんこは自分の滑舌を確認した。
声のトーンも、言葉のキレも、喉の調子も――すべてを確認しながら、大丈夫だ、と自分に言い聞かせた。
「よし……!」
深く呼吸し、背筋を伸ばした。
カメラの位置を微調整し、背景チェック、音声チェック。
「Vの姿、ヨシ……!」
モニターに映る、自分のもう一人の姿――黒羽ヨハネ。
紫の長い髪、魔眼のような瞳、そして漆黒の秘密結社衣装。
すべてが整っていた。
「よしっ……!」
最後の確認。
配信プラットフォームのスイッチを、マウスで“ポチッ”と押した。
画面に点灯する、赤いランプ。
世界中と繋がる、その瞬間。
──黒羽ヨハネ、降臨。
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