第7話 デビュー日が同じVTuberを消そう!!
夜の帳が落ちるころ、
あんこは、黒羽ヨハネとしての初任務に向かっていた。
デビュー前夜。
ステージのライトではなく、月明かりと錆びついた鉄の匂いが彼女を照らしていた。
「……べつに、デビュー日を、ずらせばいいんじゃ……」
ポツリと、あんこは思った。
ターゲットの存在が問題なら、彼女の配信日を少し遅らせればそれで済む。
殺さなくても——と。
だが。
そんなこと、言える空気じゃなかった。
目の前のスタッフは、銃の安全装置を指でなぞっていた。
冷たい笑顔、にこりと笑ったまま、瞳は全く笑っていなかった。
(あ、これ……変なこと言ったら、私が消されるやつだ)
とっさに、言葉を飲み込んだ。
そのとき、スタッフが一つだけ"安心材料"として口にした。
「大丈夫ですよ。当日は、サポートで夜街さんがつきますから」
(いや……それがいちばん不安材料なんですけど)
"やったね"とか言ってくる夜街の顔が容易に想像できて、
あんこはただ「とほほ……」と心の中で呟くしかなかった。
あんこのターゲットの住所は、東京都郊外、地図にも名前の載らない地区にあった。
そこは、朽ちかけた廃工場だった。
昼間に下調べは済ませていたが、
真夜中の現地は、まるで別世界だった。
風で金属が軋む音。
立ち枯れた雑草がコンクリの割れ目から伸びていた。
不法投棄されたゴミの山。
放置された重機の影。
「……幽霊とか出たらどうしよう」
あんこは、声を震わせながら言った。
すると横で夜街が、あくびまじりに呟いた。
「いまから私たちが、幽霊が出る“原因”作りに行くんでしょ」
「笑えねぇ……!」
二人は工場の裏手から侵入した。
外壁の亀裂に体を押しつけるようにして移動し、
監視カメラの死角を縫って、塀を乗り越え、
トタンの破れた穴から、そっと施設内へ足を踏み入れた。
あんこの背中には、小型拳銃。
ポーチにはサプレッサー、ナイフ、閃光弾。
全て、昨日の訓練で"最低限"として渡された装備だった。
工場内は真っ暗だった。
夜街の指示で、足音を殺しながら進んだ。
あんこは、何度も肺の奥で息を止めては、少しずつ吐き出した。
「こっち、階段ある」
「……ガラス、割れてる。足元注意」
「影、動いた……ネズミだ、気にしないで」
数分が永遠のように思えた。
やがて、**書類に記された“目的の部屋”**の前へたどり着いた。
鉄扉には、番号が書かれていた。
【第B3保管室】
(……ターゲットは、あの中)
夜街が小さくうなずいた。
——そして、あんこは覚悟を決めた。
(相手は暗殺者でも、戦闘員でもない)
だったら、無駄に緊張する必要もない。
扉を開けて、撃って、終わり。
殺す。忘れる。
そのあと、私はステージに立つ。
あんこは、深呼吸を一つして、勢いよく扉を開けた。
「——!」
しかし、その先にあったのは、
ただ、真っ暗な空間だった。
ライトもなければ、声もない。
物音ひとつしない、完全なる“闇”。
(……え?)
まるで、空間そのものが、彼女を吸い込もうとしているかのようだった。
私たちが部屋の中へと足を踏み入れた、
その刹那——
「ギィィ……」
と、背後から不気味な金属音が響いた。
あんこが反射的に振り返った。
「えっ——」
だが遅かった。
重厚な鉄扉が、ゆっくりと、だが確実に、閉じていた。
ガチャン。
まるで意思を持っているかのように、鍵がかかる音。
(閉じ込められた!?)
息を呑むあんこの耳に、
今度は"カチッ"という乾いた音が届いた。
次の瞬間——
天井の蛍光灯が一瞬だけ、パチパチと明滅し、ぼうっと光り出した。
薄暗いその光の下、
視界の奥、部屋の中央に……“それ”は、いた。
「あ……」
人の形をしていた。
だが、人ではなかった。
巨体、2メートルを超える金属のフレーム。
鋼鉄の皮膚に、ねじれたコード、継ぎ接ぎの部品。
腕の先は、指ではなく、爪のように尖った機械のクロー。
まるで、フランケンシュタインを模した怪物のようだった。
その異様な存在感に、あんこは本能的に叫びそうになる。
——が、咄嗟に自分の口を両手で覆った。
(叫んだら、絶対ダメだ。ダメ、絶対……)
その場で後ずさり、腰が抜けそうになった。
足がもつれて転びかけたそのとき。
「しっかりして」
片腕が伸びてきた。
冷静な声。
あんこを支えたのは、夜街だった。
その手は思ったよりもあたたかくて、でも力強かった。
「落ち着いて。分析する」
「……あれ、何?」
と夜街が言った、まさにその瞬間——
ガクン。
鋼の脚が一歩、前に踏み出された。
赤く光る瞳。
そこから、くぐもった、くぐもった、音声合成の声が発せられる。
「……おれたちの……ウラミ……」
「おまえたちを……コロス……」
重々しく、どこか壊れたような声。
それでも、明確な“殺意”だけは、あんこの脊髄に突き刺さった。
(「おれたち」って、何……?)
疑問は次々に浮かんだが、そんな余裕はもうなかった。
“それ”が、あんこたちを見つめていた。
そして、確かに——
命を奪う意思を持って動き出そうとしていた。
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