第九話 怪物2
金剛隼人は生まれつき怪物だった。
五歳の時に、同じ幼稚園にいた子供を骨折させ、十歳の時には大の大人に全治一年の大けがをさせたこともある。彼は筋肉が発達しやすく、常人では考えられないほどの力とは物が通らないほどの強度を持っていた。
そのせいで、彼は常に独りだった。そんな怪物である金剛隼人に自ら近づいてくる人間などおらず、親でさえも一定の距離を置いていた。そのため、彼に学校にも家にも居場所は無く、朝も昼も夜も街を何の目的もなく歩くのが日課だった。
まれに金剛の力を利用しようと近づく者もいたが、そのすべてが金剛の怒りを買い、利用しようとしていた力で身を滅ぼしていく。何度、この力が無ければと思ったのだろうか?しかし、そんな思いとは裏腹に金剛の力は成長していく。このまま一生独りで生きていくと思っていた時だった。
「なぁ、そこの兄ちゃん。ちょっと話しないかい?」
「あァ?」
いつも通り街を歩いていると、ある男が金剛相手に少しも怯える様子もなく、正面から目を見て話しかけてきた。確かに良い体格をしていたが、金剛に比べると見劣りするため、おびえない理由にはなりえない。金剛はそんな男に少し興味を持ち、足を止めた。
「そんなに力をあり余しているのなら俺に協力してくれないか?」
そして、すぐに足を止めたことに後悔した。コイツもいつもと同じ、金剛の力を利用するために近づいてきたのだった。そのことに怒り、金剛はその男に殴りかかる。だけど、予想もしていないことが起きた。
「なっ……!」
顔面に衝撃が走る。殴ろうとしていたのは金剛のはずなのに、実際に殴られたは金剛の方だったのだ。他人に殴られることは生まれて初めてであり、金剛は目を白黒させていた。
「痛って……、いったいどんな身体してんだよ、反動がしゃれになんねぇ。というか、顔面って筋肉関係ないだろ、何で顔面まで硬いんだ?」
しかし、それは目の前の男も同じようで、顔面を殴った拳を抑え、その痛みに耐えていた。しかし、怪物を見るような目で見ておらず、しっかりと一人の人間として金剛と接していた。
「アンタは……?」
金剛は困惑していた。今までの人生で、目の前の男のような存在は見たことが無く、どう接すれば分からなかったからだ。まぁ、そもそも人と接することがほとんど無かっただけかもしれないが。
「俺か?俺は阿頼耶。これからこの街の暴力団の組長になる男だ。なあ、俺についてきてくれないか?」
それだけで、答えはもう決まっていた。初めて怪物としてではなく、一人の人間としてとして接してくれる人と出会えたんだ、何があってもついていくに決まっている。
「ああ、分かったよ。これから一生アンタについていく」
それからの日々は、今までとは違い忙しく、楽しい日々だった。阿頼耶に戦い方を教えた赤林に「最近の若者のプライドをへし折るのは楽しいな」と言われながら、こっぴどく殴られたり(さっさとくたばれ)、三賢といかいう偏屈野郎と喧嘩したり(さっさとくたばれ)、昔では考えられないほど充実した日々を送っていた。
だから、この日々をくれた阿頼耶には一生返せないほどの恩を感じているし、その命令にはどんなことがあっても従うつもりだ。そのため、死力を尽くして目の前にいる不思議な力を使う小僧を倒して見せる。
*
「オラァ!」
金剛は拳を地面へ叩き込む。ドン、と重い音が路地裏に響き、その一撃で道路が割れて大きなクレーターを作る。さらに、その衝撃で闇の腕が弾かれ、押し返されていく。どんなに強い力で殴るとこんな現象が起きるのだろうか?闇の腕は常人の何倍もの力があるというのに。
「はぁ……はぁ……まだまだァいくぞォ!」
そして、金剛はその衝撃で浮かび上がったコンクリートを掴み、黒也めがけて本気で投げる。その破片は風を裂き、大気を押しのけて一直線に唸りをあげた。
(やばいっ……!)
「が……ッ!」
何とか闇の腕で勢いを弱めることが出来たが、それでも止めることが出来なくて黒也の肩に着弾する。鈍い痛みとともに身体が撥ね、コンクリートの破片が舞う。肩から血が流れ、地面に赤い紋様を作り出していくが、それでもこの戦いは終わらない。金剛はもう次の動きへ踏み込んでいた。
痛みのせいで視界がぼやけ、金剛のことをうまく見ることが出来ない。こんな状態になってしまうと、魔術を使ったところで、金剛に当てることが出来ず、成すすべもなく負けてしまう。
だから、あの一瞬でとある罠を仕掛けて置いたのだ。
前世から使っている魔術には二つのパターンがある。一つ目は言葉を発することで魔術を成立させる方法、これは言葉と思考だけで完結する。この方法の長所は他に必要なものは何もなくて手軽に使えることや、柔軟な動きができるということだ。
そして、二つ目は魔法陣と呼ばれているものを使って魔術を成立させる方法。これには自身の魔力を込めたものを使って、使う魔術に対応した紋様を描くことで発動する。しかし、この方法はあまり好まれていなかった。その理由は複数ある。まず、戦いの最中に紋様を書かなければならないということだ。上位の魔術師だと何個かその問題点を解決する方法を所持していることが多いが、一般的な魔術師だとそうはいかない。
その他にも最初に設定した動きしかできず、予想外の状況に対応できないということや、少しでも紋様に違いがあると発動しないと魔術が成立しないという問題点もある。
だけど、決して劣っているわけではない。魔法陣にはいくつかの利点があって、例をあげると無言で発動出来ることや、他の方法よりも威力があるということだ。そのため、上位の魔術師は魔法陣を好んで使う傾向がある。そして、それは前世の老人にも言えたことだった。
金剛が後三歩という距離にまで近づいた瞬間、地面に描いていた血の紋様が光り、闇の奔流が顕現する。その正体は無数の蝶だ。身体は薄く、しなやかで、触れれば砕けそうなほど繊細。だけど、冷たく研ぎ澄まされた刃のような印象を見る人すべてに与えていく。
“黒翅葬舞”それがこの魔術の名前であり、今使うことが出来る魔術の中で、最も威力が高い技だ。これ以上の魔術は、もう存在しない。
「チッ、これはマズイな」
金剛は本能で蝶の危険性を理解していたが、この蝶か逃げることは出来ない。どんなところに逃げたとしても、この子たちは一生追い続ける。金剛に残された手段は一つだけだ。
「仕方ねェ、やってやりゃ!」
金剛はその闇の奔流の中に突っ込んでいく。その行動は正解だ、逃げ切れないのなら正面から叩き潰せばいい。それが出来るのなら。
無数の羽ばたきが金剛の肉体に降り注ぐ。そのすべてが、皮膚を、筋肉を、そして精神を削いでいく。絶え間なく襲い掛かってくる痛み、だけど、金剛は止まらない。
「ウオオオアアアッッ‼」
咆哮と共に振るわれた拳が、蝶の群れをねじ伏せていく。闇の奔流が砕け散り、蝶の残滓が辺り一面に散らばっていく。そこにいたのは髪は乱れ、腕は裂け、全身血だらけになりながらも立っている、一人の男だった。
まだ、そんな状態になっても目は死んでおらず、獰猛な笑みを浮かべて黒也のことを睨みつけている。
「すごいな……」
そんな金剛の姿を見て、思わず称賛の声を漏らしていた。そんな状態になっても、まだ諦めないその姿は、黒也にとって尊敬できるものだったから。だけど、黒也自身もまた諦めるわけにはいかないのだ。これが正真正銘最後の一撃となるだろう。
【纏え:影闇】
黒也の影が、傷だらけの身体を包んでいく。それは黒い鎧となり、黒也の背中を押してくれる。
「これで……終わらせます」
「来いよ、黒也ァ!」
二つの拳が交差する。それが、この戦いの終わりだった。
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魔法陣を書いた方法は、血に魔力を込めることにより、多少操作できるようになるので、そのようにして魔法陣を書きました。ただ、その難易度はかなり高く、前世でもごく一部の人しかできません。
老人「儂って結構すごいんじゃぞ」
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