「道成寺」。その一語が古物語に点睛を与える。

 能「道成寺」も釣り鐘の供養を控えた僧による語りとともに劇は開幕する。幽寂の情趣に囲まれた高僧という敷居の高い図から、しかし古物語に惹きこむ手引きが抜け目なく読者を語りの回廊へと導く。
 道成寺には「清姫」がいる。この物語が情念の破綻の一途から免れているのは、ひとえに登場人物らの「清さ」による。誰も人の道を違えなかったし、おのれを失わなかった。良宵と翠藍はおのおのに仰せつかうお役目を担いきった。

 本来持てる責務とおのれの本心の乖離が、人の世に悲劇を生みます。たとえ責務が清く全うされても、その構図は悲劇に変わりないのかもしれせん。それでも、清く貫く姿を私たちは物語の世界に求めたく思います。こころよい水流のようなあなたの筆致から、流麗に紡がれる物語の瀬から、あなたも同類の書き手であるように感じ取られました。