雪の果てに咲く、名もなき花【全40話】

華幸 まほろ

似たもの同士

第1話

 お母さん、と小さな声がした。フィアルカが思わず振り向くと、もうもうと立ち込める土埃の中、小さな影がぼんやりと見えた。目を凝らすと、輪郭が少しはっきりした。どうやら子供のようだ。両親はすでに逃げてしまったのだろうか、周りには誰もいない。そして、後ろには獅子のような姿の魔物が迫っていた。目の端に薄い紫と淡い水色がよぎった、気がした。

「危ない!」

駆け出して、子供を胸に抱く。魔物の爪が背中に振り下ろされ―

「魔物の前に駆け出すな!死にたいのか!」

男の声がして後ろを振り返ると、目の前まで迫っていたはずの魔物の前足が弾き飛ばされている。視線を右にずらすと、澄んだ青色の馬に青年が乗っていた。男は馬を駆って持っていた剣を振り上げる。決して軽くはないだろうそれは、太陽に反射してキラリと鋭く光った。

「あ…」

乾いた音に目を向ければ、魔物は干からびたようにしぼんで消えていた。息を呑んでその光景を見守る。

「お前は馬鹿か! わざわざ魔物の前に飛び出るやつがいるか!」

ひどい言われようだとは思ったが、なぜか反論しようという気持ちがすぐに湧いて出なかった。顔が熱くなってくる。このままではいけないと感じて、フィアルカは立ち上がった。

「後悔はしてません! この子を両親の元に届けますのでこれで! ありがとうございました、さようなら!」

子供を抱き、よくわからない気持ちを足に乗せてとにかく走る。皆避難所にいるはずだ。そしてその避難所は魔法騎士団が守っているから、被害は出ていないと信じるしかない。煉瓦の建物の残骸が、視界の端を何度も通り過ぎた。

「ごめんね、うるさくして。お父さんとお母さんは?」

子供は、未だに涙で潤んでいる瞳をフィアルカに向けた。ひっく、と再びしゃくり始めたので、フィアルカは内心首を傾げた。

「さっきの、まものに、く、くっくわれ、た…」

心の奥にあった怒りが増幅したのを感じた。魔物に対して自分から干渉しようとしなかった自分たちに急に干渉してきて殺戮を繰り返す魔物には昔から理不尽を感じていたが、幾度も行われる殺戮に何度も怒りを抑えきれなくなりそうになった。

「そう、なの…役所、行こっか。親戚に引き取ってもらおう。」

子供はしゃくりあげながら、何度も頷いた。フィアルカはその悲しげな姿に、再び怒りを増幅させる。今度は怒りを足に乗せて、フィアルカは速度を上げた。

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