メガネの探偵、二階堂
大隅 スミヲ
第一章:メガネの探偵と呪い
呪いは鏡の向こうから
呪いは鏡の向こうから(1)
空に月はなかった。今宵は新月である。
何処か生ぬるい風が髪を揺らし、頬を撫でていく。
街灯の明かりの下では気づきにくいが、何か黒いモヤのようなものがゆっくりと闇の中で蠢いているような気配がある。もちろん、それは気のせいかもしれない。臆病な人間が生み出した妄想なのかもしれない。
ただ、月の姿が完全に消える新月の夜だけは違う。普段であれば、月のことなど気にはしていない二階堂であっても、新月の夜ばかりはそのことを気にかけるようにしていた。月の力が弱まる新月の夜には、闇を好む魑魅魍魎どもが騒ぎ出す。それは
「お兄さん、ちょっと――」
家に帰ろうと二階堂が自転車を漕いでいたところ、不意に声をかけられた。
声のした方へと顔を向けると、そこには制服姿の警察官がふたり立っており、止まるように合図をされた。
自転車のライトは点いていたし、交通ルールも遵守して運転していたため、呼び止められる理由などはどこにもなかった。
「なんでしょうか」
「自転車の防犯登録の確認をさせていただきたいのですが。あと、身分がわかるものとかお持ちでしょか」
そういったのは、まだ頬にニキビの跡が残る、若い制服警官だった。
ここで断れば面倒くさいことになることは目に見えていた。二階堂は仕方なく背負っていたリュックサックから財布を取り出すと、自動車の運転免許証を警察官に差し出す。
警察官は四十代くらいの中年と若い警察官のコンビであり、若い警察官の方が無線機を使って本部と連絡を取り合って確認作業などをしていた。
「すいませんね。最近は自転車の盗難被害が増えているんですよ。えーと、二階堂さんね……」
若い警察官が防犯登録の確認作業をしている間、中年の警察官の方が免許証を見ながら会話をして、こちらを和ませようとする。コンビの特性を利用したよく出来たシステムだ。
「あれ、免許には眼鏡使用って書かれていないけれど」
中年の警察官が二階堂の顔を免許証の写真と見比べながらいう。
「このメガネは伊達メガネですよ。別に目が悪いわけじゃないんです」
「そうなの。オシャレさんだね、二階堂さんは」
笑いながら中年の警察官がいう。
その時、二階堂には中年の警察官の肩の辺りになにか黒い影のようなものが見えていたが、見て見ぬふりを決め込んだ。
「カバン、結構大きいやつですね。何が入っているんですか」
「洗濯物ですよ」
「見ても?」
「どうぞ」
「あ、我々は開けたりすることが出来ないんで、お手数ですけれども、開けて中身を見せてもらってもいいですか」
「わかりました」
自転車の前かごに置いていたリュックサックのチャックを中年の警察官が見ている前で開けて見せる。
リュックの中には、警備員のアルバイトで使用した制服が入っていた。
「二階堂さんって、警備員なの?」
「いや、違うけど」
「え、じゃあ、何をやっている人?」
中年の警察官の二階堂を見る目つきが変わる。それは明らかに怪しい人物を見る目だった。
「……探偵だよ」
「じゃあ、制服は警備員に変装したりとか?」
「いや、アルバイト」
「え?」
二階堂は、探偵だ。しかし、探偵だけでは食べていくことができないため、週五でアルバイトをしているのだった。
そんな会話をしていると、中年の警察官の肩にあった影が二階堂の方へと手を伸ばしてきた。
面倒なことだ。二階堂はそう思いながら、掌をぶつけるように合わせた。
パンッ!
突然、乾いた音が響き渡る。
驚いた警察官は、咄嗟に腰にある警棒へと手を伸ばそうとしていた。
「失礼、蚊がいたもので」
二階堂は笑みを浮かべると、中年の警察官にいう。
驚いた顔をしていた警察官も表情を緩めて、ほっとした顔つきになる。
その柏手の効果はあったらしく、中年の警察官の肩にいた影はどこかへと姿を消していた。
若い警察官は何かに手間取っているのか、少し離れた場所で無線機を使いながら話をしているが、なかなか戻ってこない。
さっさと帰りたかった。少し苛立ちを感じた二階堂は中年の警察官にいう。
「おまわりさんさ、俺なんかよりも二人乗りのやつとか注意したらどうなの」
「え? どこ?」
中年の警察官は辺りを見回したが、信号待ちで止まっている自転車はいるものの、二人乗りをしているような自転車は一台も見当たらなかった。
「あ、いや……なんでもない」
二階堂はそう言って、少しズレていたメガネを直した。
「確認、終わりました。きちんと防犯登録もされていますね」
若い警察官が無線を切って、こちらの会話に入ってくる。
「ご協力感謝します。夜道、気を付けて運転してくださいね」
「ああ、どうも。そうだ、何かあったら連絡してください。警察が対応できないこととかあれば、やりますんで」
「へー、例えばどんなことですか」
「科学では解明できない不可思議な現象とかかな」
「なんか、怖いなー」
そう言って、中年の警察官は笑ってみせた。
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