第3話「芽吹くことを選ぶ」
夜の丘は、静かだった。
風はやみ、霧は低く沈んで、月のない空の下で、わたしは一人立っていた。
昼間に見つけた成長異常の株。その葉は、また少し広がっていた。露がうっすらと光を返し、星の名残のように淡くにじんでいた。
この場所は、特別ななにかを語ってくれるわけではない。けれどわたしにとっては、いつも“気配”がある場所だった。
それは“彼女”のものかもしれないし、もっと昔にこの星を歩いた誰かのものかもしれない。
わたしはしゃがみこみ、そっと葉に触れた。
その瞬間、胸の奥がふるえた。
あたたかい、でもどこか切ない感覚。悲しみでもなく、期待でもなく、
ただ、「在る」ということを確かめるような……静かな意志のようなもの。
“彼女”の気配が、ごく微かに重なる。
けれどそれは、導くものではなく、ただそばに寄り添うような感触だった。
そのことが、なぜか、とても嬉しかった。
——誰かに託されたわけじゃない。
この感覚は、わたし自身のなかから芽吹いている。
それを、わたしは今、確かに感じている。
ここに居たい。
この星に、もう少し根を伸ばしてみたい。
そして、ただ調査のためではなく、誰かの記録係としてでもなく、
自分の感覚で、この星の時間とともに呼吸してみたい。
それは誰かの代わりではなく、わたし自身の願いだった。
どこかへ行くためではなく、ここに居ることを選ぶための想い。
これまで、ずっと「居させてもらっている」と感じていた。
でもいまは、少しだけ、「居てもいい」と思えるようになった。
それは、誰にも気づかれないような、小さな変化かもしれないけれど——
わたしにとっては、きっと、とても大きなことだった。
目を閉じると、霧の奥にわずかに明かりが揺れていた。
それは星の構造体の残響か、それとも——
わたしには分からない。けれど、どちらでもよかった。
いまの自分は、それをただ見上げることができる。
霧が、ひとすじ流れた。夜が、やさしく深くなっていく。
——明日は、明日の風のなかで歩いていこう。
そのとき、また違う気配がわたしを導いてくれる気がした。
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