貴方の要望、そして君へ

いちみやッッ

第1話 1章

 だりぃ、面倒、こんな不名誉な運命も地位も投げ捨てたい。

 あたしは今日も、罪のないキャラクター……『モノ』に鎌を振りかざす。

 本当はこんな事はしたくないが、一応仕事だからな。


「ちょいと痛むだけだ。失礼する」


 泣いて絶望するモノを目掛け、冷たい、冷たい氷点下の鎌を振り下ろした。



 ここはメタペイル中枢街。メタペイル世界の需要と供給のバランスを日々監査し、調整している場所だ。

 ここで働くモノは淡々と働き続ける。

 そのモノらに体温は無いし、きっと不要になって処理されるまで働くことを止めないだろう。

 この世界では「需要のあるモノ」を生産し、「需要のないモノ」は処理をして世界の均衡を保っている。

 メタペイル中枢ではそれら生産・処理・監査と、それに加えて世界の不具合である「バグラ」の討伐を請け負っている。

 そしてあたし、ミルエッテはその中で、処理を執行する役割を当てられている。

 最近は「バグラ」が急増しているから、討伐隊としても時々仕事に赴かされてるんだよな……。

 正直、この仕事は嫌いだ。1日の労働時間と疲労がデカすぎる。

 処理なんて言い方をすれば少し人聞きは良くなるかもしれないが、やっていることは大量殺戮と同じだ。そこから処理対象に関する記憶を消して、抜け殻の後処理。考えただけで反吐が出る。

 そんな仕事を喜んで引き受けるモノなんて、とんだサイコパスか何かだろ。

 週一勤務ということが唯一の救いと言えようか。

 今日はそんな激務の日だった。エナドリの缶が3本、空になった。


「これでやっと今日のノルマは達成か……パレトラ、あたしは帰る。んじゃな」


「はーい♪ばいばーい」


 報告だけはして中枢部を後にする。もう深夜2時じゃねえか。

 中枢街は肌寒かった。必要最低限の電力で動いている街灯りを辿りながら駅へ向かう。

 ここから無人で動く 電車に乗り、パステリイ城下町を目指す。そこから乗り換えてビビタルシティ、最後に徒歩でワウモス区で到着。

 遠いんだよなこれが。

 もっと早く着けば楽なのにな。

 無意識のうちにため息をついた。

 パスを通し、改札を過ぎる。

 電光掲示板が薄く白く、発車時刻を案内する。

 ま、いつも帰りは同じくらいだから、時刻は把握してるんだが。

 駅のホームにはあたしだけ。いつもの事だ。


 なのに。


 今日は少し悪寒がする。中枢街には四季の概念が存在しないが、まるで真冬のように寒い。

 不自然だった。

 風邪でも引いたのか?それにしては酷い寒さだ。

 何か不具合でも起きたのか?それならアイツが騒ぎ立てて仕事を増やすはずだ。

 あれこれ考えをめぐらせていると、電子音が鳴った。


『電車ガ参リマス ゴ注意クダサイ』


 続けて鳴る。


『コノ電車ヘ確実ニオ乗リクダサイ』


 妙だな。こんなアナウンスはある筈がない。

 何かバグラでも発生しているのか?

 念の為にと身構える。


『ココn……車ヘカ……実ニ』



『オ乗リクダサイ』



 その途端、激しい目眩に襲われた。

 やがて感覚は鈍くなり、意識が遠のいた。


 ※※※


「ここは……どこだ?遠征でも行ったことがない」


 視界はモノクロで、薄暗い。

 意識が戻ると、あたしは薄暗い路地裏を歩いていた。

 上を見上げても、のっぺりとした灰色の雲が一帯を覆って何の情報も得られなかった。

 そして、寒さは次第に増していることに気づいた。


 とにかくここから出る方法を探さないとだ。

 一先ず道なりに歩くことにした。

 何が起こってもいいように、警戒しながら。

 慎重に床を踏みしめる。

 すると、ある事を思った。


「歩けているのか?さっきからずっと景色が変わっていない」


 試しに半透明の窓を見つめながら歩いてみる。

 歩けているのなら、窓は次第に遠ざかるはずだ。


 窓は変わらぬ距離感のままだった。

 その間も周囲の温度は下がっていく。

 手が少しずつ茄子色に近づいていく。

 このままだと凍死する。


 他に方法は無いかと辺りを見渡すと、反対側にも道がある事に気がついた。

 そちら側に足を向け、おもむろに歩き始める。

 すると、見つめていた窓は次第に遠ざかり始めた。


 まるで最初から進む道は決まっていたかのように。


 とにかく進める道は見つかった。

 少しずつ、警戒を解かないように、1歩ずつ踏み出す。

 色が無いからなのか同じ所を通ってるような感覚はするが、注意して見ればしっかり進んでいることを確認できる。


 路地裏は広場のような場所に繋がっていた。

 鼠色のレンガが敷きつめてあり、中央には粗大ゴミのような物体がバランスを保ちながら高く積み上げられていた。


 ……いや、待て。


 これは粗大ゴミなんかじゃない。


 全ての物体が同じ形で、テレビ。


 それってまさか。


 そのまさかは的中した。これはツノテレビ、メタペイルの監視をするモノだ。

 あまり生態が解明されていないということもあり、近づくなら注意が必要だ。


 大量のツノテレビ。ここは一体何処なんだ?


 妙な視線を感じた。

 その方向へ振り向くとそこには1人の少女が立っていた。

 髪はくすんだ黄色で、無造作に束ねてある。

 幼い顔つきと小柄な体格。紅の瞳は激しい殺意を感じさせる。


『……』


 そのモノは何かに合図するように手を上に振り上げた。

 力強く。機械的に。


「お前は……」


 訪ねようとした時だった。

 ツノテレビが一斉に光線を放つ。


 あたしは咄嗟に避ける。

 武器である鎌を使い、激しく襲ってくるツノテレビを『討伐』しようとした。


 鎌をツノテレビ目掛けて振る。

 金属が潰れる音がする。

 冷たい音が響き渡る。


 激しい寒さの中、体力は残りわずかだった。動きは少しずつ鈍っていく。だが、一瞬でも気を抜けばあたしの命が危うい。


 限界を感じ始めた時、先程の少女はまたもや手振りで合図をした。


 微かになにか呟いていたようにも思えたが、はっきりとは聞こえなかった。

 合図の後、ツノテレビは一斉に攻撃の手を引っ込めた。まるでその少女が主人かのように。


 攻撃を引っ込めたとほぼ同士であろうか、あたしは強烈な目眩に襲われた。

 段々と意識が遠のいていく……


 ※※※


(最悪だ……)


 その後あたしは一応、無事に帰宅した。

 だが。

 今日早く帰ってするつもりだった仕込みが全く終わっていない。

 あたしはワウモスでカフェを営んでいる。客は皆一癖も二癖もあるのだが。そんな所がむしろ楽で居心地のよい場所だ。カフェの名前は「カフェ」だ。変えるつもりはない。

 明日はそこで看板商品のモンブランを売るつもりだったが。この時間から準備を始めても間に合わないに決まっている。

 オマケに居候のトラとヒトのハーフ、ユワ・キャロルも既に寝ている。


 面倒だな……急ではあるが明日のメニューをランチのみにするか。

 エプロンの紐をきつめに結び、ほんの少しのやる気を入れる。

 食材を冷蔵庫へ取りに行こうとした。トマト、ズッキーニ、キノコ……頭で何度も唱える。

 その時、この静寂空間にドアチャイムが響いた。


「ごめんくださーい♪」


「げっ」


 この耳に張り付くような声は、もしかしなくてもメジロ・オボロ・クラーク……。


「なんですかー、その『漫画で秘密がバレそうになって出すセリフ』みたいな言葉は」


「今営業時間外だが?メジロが突然入ってきたらそりゃ驚くだろ」


「鍵が空いていたので営業していると思いました、フフッ」


「それはお前が開けたんだろ……」


「バレましたか」


 メジロの辞書に倫理という文字はない。おまけに色々とうざったい。あたしのカフェに来ては延々と話しかけ続けるし、頼むのはいつも材料費の高い『フルーツタルト』だ。


 改めて、冷蔵庫に食材を取りに行く。トマト、ズッキーニ、キノコ……

 取り出して調理の準備をする。


 厨房に向かい、さっさと仕込みを終える。

 表へ戻ると、メジロは優雅にワインを飲んでいた。


「……お前そのワインどこから持ってきたんだ」


「これですか?棚の二段目からとりましたよ」


「はぁ、腐っても商品なんだが。金は払えよな」


 悪びれる様子なんて1ミリもない。こういう奴だ。

 メジロはわざとらしく時間をかけてワインを飲み干すと、皺のついた封筒を机の上に置いた。


「代金です♪また訪問しますね」


「あーはいはい。もう来んなよ」


 そして口角をほんのり上げてこちらを見た後、うちのカフェから出ていった。


 今日はツイてないな、そんなことを思いながらグラスを洗い片付ける。スポンジに仕事続きの荒れた手をかけると、洗剤がピリピリとしみた。

 洗い終えると、隣に置かれていた封筒が目に付いた。

 そういや代金とか言ってたよな……。

 いや、あいつのことだからなんか危なっかしい物でも入れてるんじゃないか。

 恐る恐る封筒を開けると、紙切れが2枚入っていた。だが、どちらも金では無さそうだ。

 1枚は無造作に引きちぎられたメモ用紙に何か書かれていた。

『明日の闘技トーナメント、ミルさんエントリーしておきましたよ。強制ですので来てくださいね♪』


「はぁ!?!?」


 思わず大きい声が出る。勢い良く書かれた文字と最後についた音符マークは嘲笑のようにも捉えられた。2枚目はそのエントリーシートのようだ。

 それにしても……


 な ん で だ よ ! ?


 あいつは一戦交えようとか言うようなガラじゃないし、そもそも闘技場に足を運んでそうなモノでもない。

 それにユワによると、最近頻繁に出場しているモノが勝利を独占していているらしい。

 闘技場は基本トーナメント制。初戦でそいつに当たれば負けは確実とか言われてるとか……。

 つまり、メジロがそんな危険な環境に迂闊に飛び込むはずがない。


 そうなるとますます謎だ。


 だが。行かないという訳にもいかない。

 何故ならあいつ、約束とかそういうの守らないとどんなことしてくるか分からないんだよな。

『メジロ本人は何も守ってないじゃないか』?

 だからさっき言っただろ、倫理とかルールとかマナーとか、そういうのあいつには通用しないって。

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