第11話 経営産業調査室:対馬調査官の記録
※用語の意味や世界観の補足は、「第11話 補足:主な用語」をご覧ください。
経営産業調査室。商務経営省の大臣官房に設置されたこの部署は、省内の内部部局はもちろん、外局として置かれた産業監督庁、製品評価庁、企業支援庁、食糧流通庁、農務政策庁、水産保全庁と連携し、あらゆる商業・経営分野の中枢として機能する行政的司令塔である。
対馬調査官の先輩・佐渡調査官は、企業支援庁を通じて過剰な企業優遇策を独断で進めた結果、国家が定めた「調整型経済成長」の枠組みを逸脱し、超事調整委員会(JPAC)によって拘束される事態となった。
対馬調査官にとって佐渡調査官は、いわば“導き手”のような存在だった。正義感という名の逸脱がなければ、佐渡調査官はいまも制度の中で対馬調査官の灯台であり続けたはずだった。
「対馬調査官。例の資料です」
対馬調査官に手渡された紙束には、佐渡調査官の記録と記されていた。こんなになっても先輩の影を追いかけてしまう。対馬調査官は記録されていた企業の支援を検討リストへ移行した。だが、それは制度に照らして再評価し、合法的に再構築する必要があった。
「私に出来るのは、先輩と同じ道を歩むことくらいですから」
そう呟き、支援策を検討し始めた。佐渡調査官が行った支援は超常的技術を応用したものだ。それを企業支援庁だけでなく、食糧流通庁、農務政策庁、水産保全庁、各庁と連携すればさらなる相乗効果を生むのではないかと考えた。
「対馬君。きみの行いは調査官の域を脱している。我々はあくまでも調査官だ。支援策を練ろうともそれを行うのは各庁に委ねられる」
上司の言葉は冷静で、しかしどこか痛みを帯びていた。経営産業調査室、超常的司令塔でなければならないはずが、調査官としての権限の限界を示していた。
「しかし、私たちには、調査した成果を反映させる権限もあります。取得した超常的技術を生かす、それは大切なことだと思います」
上司は唸るように声を発し腕を組み俯く。佐渡調査官は確かに行き過ぎた。だが、彼の意思は、他の調査官たちも一度は抱くものだ。自身に出来うる最高の支援を行いたい。
「私は、超事調整委員会など、怖くはありません。恐れていては前に進めないのです」
問題発言だった。……それが軽率な発言だったと、目の前の固まる上司を見て思った。超事調整委員会は既に裏の国家と化している。それに歯向かうのは国家への反逆と同義だった。だが、確かにJPACの行為そのものは我々の信念とは異なる。対馬調査官はそう思っている。
「対馬君。確かにそうだ。きみの気持ちも分かる。だが、それでも行き過ぎた行為はいけないことだ。気をつけたまえよ」
上司の言葉は胸に残った。ただ佐渡調査官はやり過ぎたのだ。正義感に私情を挟み暴走した。その結果がJPACによる拘束へとつながった。我々は公僕だ。それを忘れてはならない。
「先輩の意思は継ぎます。ですが、私情は挟みません」
矛盾を孕んだ対馬調査官の言葉は虚空へと消える。だが、意思は確かに受け継がれていた。
「これが、今回の記録です。お読みになりますか?」
対馬調査官が手渡された資料には企業支援庁の報告が記されていた。そこには確かに少しずつだが、成果は現れていた。ようは、制度から逸脱しなければいいのだ。
「私は先輩とは違います。制度上での支援、これがもっとも重要なことです」
佐渡調査官は制度を逸脱した。対馬調査官は制度内に留まって支援する。だが、ときには危険な橋を渡るときもある。そのときには必ず先輩・佐渡調査官の記録を読み直す。誰かの役に立ちたい。その思いは変わらないのだから。
先輩、道の先にあるものは同じでも、私の歩幅は違う。対馬調査官は職務を通じてそう伝えたかった。
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