第2話 特例経済調整局:川原技官の記録

 ※用語の意味や世界観の補足は、「第2話 補足:主な用語」をご覧ください。


 経済省はその成り立ちからして他省には勝てない。旧経済戦略庁(旧経済企画庁、旧国土復興政策本部)、旧大蔵省金融系部署、旧通商産業省通商部署と省内の部署や外局の庁がくっついて出来上がった行政省だ。省を基盤に統合した他省には見劣るものがある。唯一、同じような成り立ちの文化芸術省とは仲良くやれていると思ってはいるが……。それでも経済省は他省には負けない要素がある。それは経済の調整だ。超事調整委員会経由で経済調整を依頼され、その通りに実行する。ただそれだけだが、未来予測や因果律を利用した調整の成果はそれは素晴らしいものだと実感している。


「あいつら、どうにかしてくれよ!」


 同僚がそう言っていた。あいつらとは超事調整委員会のことだろう。経済省特例経済調整局は彼らの言いなりだ。その成り立ちから関わっている。経済省大臣官房特例経済調整室を現在の特例経済調整局へと押し上げたのは間違いなく超事調整委員会のおかげだろう。だが、その代わりに言いなりとなる飼い犬同然に成り下がったが……。これは仕方のないことだ。彼らの調整はとても美しい流れをする。経済、金融、国土、そして通商。超常世界は彼らの微調整の上に成り立っている砂上の楼閣のようなもの。それを同僚は理解できなかったようだ。


「俺たちは経済を調整する。それだけでいいじゃないか」


 同僚の目はそれはもう意味の分からないモノを見るようだったが……。果たして同僚に告げたのは本心だろうか? いや、違うかもしれない。そうでなきゃこんなことはしていない。経済省はその性質上、商務経営省と近しい存在だ。そして商務経営省の言いなりとなっている企業への口利きもある程度可能だ。

 株式会社東奇。かつては日本が誇る東京奇術電気工業という大企業だったが今や持株会社に移行し傘下に東奇電気工業を有するグループ企業となった。そんな東奇に依頼したのが、因果律の操作装置だ。落ちぶれたとはいえ彼らは職人だ。熱意もある。それを上手い具合に焚き付ければ、それはもう美しい装置が出来上がる。かなり理想的なサイズ感だ。タイプライターくらいで、どうやら履歴機能もあるらしい。使ったら歴史に名が残るようなものだろう。職人たちは非常に良い仕事をしてくれた。それはもう、かなり上乗せして報酬を支払うほどに。


「川原さん。それをどうするのですか?」


 本当なら歴史に名を残す大偉業を遂げた、口が堅い堅実な職人はそう問いかけてきた。どうするのだろうか。作れそうだから頼んでみたなんて言えないだろう。これは可能性の塊だ。あの因果の輝きを俺自身の手で描いてみたくなったなんて到底言えるものでもなかった。これでも経済省官僚だ。使い道はいくらでも浮かんできた。理想がシャボン玉のように浮かんでは消えていく。

 試しに使えるものは少なかった。それこそ因果の美を理解出来ない同僚くらいだろうか。彼が取り引きしている株式の因果を弄ってみようか……。だがやめた。それはとても見応えはあってもつまらなそうだと思ったからだ。

 何に使おうか。メモに候補を書き出すが、それの殆どに取り消し線が引かれていく。最初が肝心だ。初めて使うのだからそれはもう美しくなければならない。到底こんなことは他人に相談も出来ない。


「ああ、困ったなぁ。本当に困った」


 絞り出すよう独り言を口に出した。まず誰のために使うかを考えようか。メモに書き出したのは自身と経済省と超事調整委員会、そして日本だ。やはり自分は公僕なのだろう。書き出した殆どがお国のためだ。

 とりあえず、何かに使いたい。段々とそう思い始めてきた。初めての美学はどこへやら、どうしてもこの美しい装置を使ってみたかった。


「お前、どこか調子でも悪いのか?」


 そう因果の美学の分からない同僚に言われたくらいには悩んだ。何日かは食べ物が喉を通らなかったかもしれない。悩んだ末に出した結論は結局自身のためだった。結局は自分が一番なのだろう。

 休みの日、公園で大道芸を行った。初めて行うのにそれはもう完璧だった。美しくもあった。公園を往来する人々は一様に足を止め、拍手する。公僕のためお金は受け取らなかったがそれはもう素晴らしい体験だった。因果の美と調和したかのようだった。

 興奮もおさまらぬ次の仕事の日。


「何かおかしなものでも食べたか?」


 因果の美学の分からぬ同僚が馬鹿みたいな問いかけをしてきても気にも止めなかった。今度は何に使おうか、自分自身に使った結果は思っていたよりも満足のいくものだった。もし、国家のため、公僕として使ったらどうなってしまうのだろうか。夜も寝られなくなりそうだった。

 とある日、一人で職務を行なっていると、廊下から複数人の足音がした。それは公僕最後の足音かもしれないと思って聞き入った。予感がしたのだ。東奇製の装置を撫でまわす。履歴は消しておく必要は感じなかった。その美しさを保ったままにしておきたくて。


「残念だ。最後は誰のために使おうか」


 手元のメモには、いくつもの名前と無数の取り消し線。最後に残ったのは、思いもよらぬ一文字だった。まさか……。

 扉のノックする音が部屋に響いた。開かれた扉の先に立つのは一体誰だろか。


「あなたの調整は、美しかった。記録にそう残しておこう」

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