第18話ウサギ肉

「ねぇ、これまじ」

「マジだろう。まぁだれしも人に言えない性癖の1つ2つある」


 そこの2人。内緒にしているつもりだろうが、聞こえているからな。


「さぁ、解体に行くぞ。

 あと30分もすれば日没だ。

 死んだ生き物の内臓は腐りやすいそうだし」


「うち用事があるんで」


「待て、逃げるな!

 いや、僕はネトラを送る。

 おばばに1人で出歩くなと言われてるし」


「それだと、俺1人だよな」


「大丈夫だと思うけど。

 動物っていうのは同族の死骸がある場所には近寄らないっていうし」


「俺も聞いたことあるよ」


 首を上下に振った。


「だから、襲われることはないと思うけど」


 というサキスの提案に納得し、2人と別れて動くとすぐに、よし、ごまかせた。

 と聞こえた。

 あえて無視して俺は進む。

 時間ないしな。



 川に到着した俺は、木にウサギを吊るす。

 まな板の上でもいいのだが、今はない。

 立って作業をしやすいように、位置を調整する。


 手と足の関節部。

 ここに切れ込みを入れ、骨と筋肉の隙間にナイフを入れる。


 切れ込みから、下へ下へと皮をはぐ。


 首までできれば、そこで切断。


 次に内蔵の処理。

 お腹から、尻尾に向けてナイフをふるう。

 すると内臓が零れ落ちてくる。

 大腸と膀胱。

 この二つに関しては雑に扱うと肉そのものをダメにするので、慎重に取り除く。



「解体したら違いが分かると思ったけど、腸のほうがわずかに短いかな」


 草食動物というのは腸が大きい。

 植物は肉よりもエネルギー変換が難しいからだ。

 首切りウサギの腸が短いのは雑食性だからだろうか。

 だとしたら……。

 

 ――人肉。


 ネトラの不安がよみがえる。




「お! 意外に早かったじゃないの。

 本当に手際がいいのね。

 日が沈む前に返ってきたのを見るに、ウサギの解体には5分くらいしか使っていないんじゃないの」


「お前、いつからそこにいるんだよ」


「ナトラはいつでもケイデスお兄様の後ろにいます」



「それで、真実はどうなんだ」


 ドアを開ければ、ネトラ姉妹がお出迎え。

 もしかして家を間違えたかと思い、外に出て確かめる。

 間違いなく、うちの孤児院だ。


 分からない。

 どうしてこいつらがここにいるんだと、俺はサキスに確認する。


「ネトラを家に送って帰ろうとしたときだけど、引き留められた。

 このまま一人で家に帰ったら危ないって」


「なるほどな」


 今気がついた。

 俺たちは3人。

 ネトラを家に送ればサキスは1人になる。


「今日、おじさんに用事があって、家にいないの」


「サキスを送れる人物がいない。

 ついでに、女2人だけで家にいるのを危ないって思ったんだな」


 ナトラの情報をもとに状況を明確にしていく。


「だから、人が多い孤児院にやって来たと」


 今日、ネトラは首狩りウサギに殺されかけたのだ。

 安全を求めるのは自然な流れと言える。


「違うの! サキスが外に出るのが怖いから、泊めてとお願いしたの。

 流石に女2人は男1人はまずいからこっちに来たのです」


「ちょ、え! え! えぇ! お前、お前マジかぁ!」


 男女が同じ屋根の下。

 何も起きないはずもなく。


 ゲスな妄想の産物だが、状況証拠的に俺も同じ結論になった。だが、これが俺がゲスだからではなく、客観的な事実から推測した結論だった。



 振られたサキスを慰めるべく、優しく肩に手を置いた。



「まぁ、今日は俺の用事につき合わせたし、いい肉も手に入った。

 好きなだけ食ってもいいよ」」


「絶対いや!」

「僕も遠慮する。

 というか、捨てなよ!」

「どうしてお肉を捨てるのです?」


「つまり、これは一人で食べてもいいってこと!」


 やったぜ!

 貴重な食料をめぐって争うライバルが減った。



 事情を知らないナトラと弟に、2人はことのいきさつを説明していく。

 その間に、俺は調理を進めていく。


 料理名はいたって単純。

 ウサギの丸焼きだ。


 朝、作り置きしていたスープを温めなおすついでに、じっくりと焼かれていくウサギを眺める。

 脂がのったウサギだ。

 あぶるだけで、その豊かな脂がしたたり落ち、パチパチと火花を散らしていく。

 その様子は花火を思わせる。


 決して華憐ではない花火が炸裂するたびに、肉のワイルドな匂いが周囲に広がる。


「うわ、おいしそう」

「でも、危ないんでしょ」

「それは大丈夫なの。

 ケイデスお兄様は毒のあるなしを見分けれるから」


 説明を聞いて恐れをなしていた弟や妹たちも、火にあぶられ、肉が柔らかくなっていくと、態度を軟化させていく。


 手にはスプーンだけではなく、ナイフを持っている。

 料理が来るのを今か今かと待ち構えている。


「散れ散れ!

 これはガイアの使徒の肉だ。

 毒見役の確認もなしにフォークを突き刺すのは危険すぎる」


「こいつ、兄を毒見呼ばわり!」


「違う!

 兄さんを毒見役なんて思っていない。

 進んで危険の飛び込む変態としか思っていないけど!」


「酷くない!」


 おかしいな。

 ファンタジー世界特有の命を救うことで、好感度アップイベントをこなしたというのに……。

 高かったはずの、サキスの好感度がどんどん下がってる気がする。



「分かった、分かった。

 俺が皮の部分で毒見するから見ていてくれよ」


「もし、大丈夫なら言って欲しいんだけど」

「ああ、約束するよ」


 サキスの奴さっきは興味ないといったのに。

 やはり……。


「大丈夫じゃなくても言ってくれ。すぐに、首切りウサギを吐き出させる」


 その棒は!

 俺が泉で使ったいい感じの棒。いい感じの棒じゃないか。


 自分の命を救った思い出深い武器だ。

 山下りの支えとして使っているのを見たが、家にまで持ってきたか。


 ところで、そいつをバットみたいにぶんぶん振り回してるけど、いったい何をするつもりなんだ。


 まぁ、とりあえず。


 俺は首切りウサギの表皮を少しだけ切り裂いた。


 すると、切り口からは大量の肉汁があふれ出してくる。

 口を大きく開ける。

 皆がかたずをのんで俺を眺めていた。


 口の中に放り込めば、カリッとした歯ごたえが伝わる。

 我ながら、素晴らしい焼き加減だ。


 肉の防護壁のさらに奥にまで歯を通せば、爆発するかのように濃厚な脂と肉汁が口の中にあふれ出す。


「味は、味はどうなんだ」


「う、上手い! 柔らかい肉質と言い、濃厚な味わいといい、間違いない。

 王都のレストランで出しても文句は言われないほどの品質だ」


 ――ゴクリッ!


 俺の感想を聞いて皆がつばを飲み込む。


「はぁ~」


 一方で、上手い食事を食っている俺はため息を吐きだをつく。


「兄さん元気がなくなっている。

 もしかしてだけど」


「ああ、そうだ」


「何か体に異変が「この味が期待はずれだってだけだ。

 毒がないことは何度も説明しただろ」


 だからな、いい感じの棒をぶんぶんするのはやめろ!


「いやそっち!

 というか、感想聞いていたら。ものすごくおいしそうなんだけど!」


「美味しいからこそ問題なんだ。

 こんなの普通過ぎる!」



「どこに不満があるのか気になるんだけど」


「だから、普通過ぎる所だよ」


「僕にはメリットにしか聞こえないけど」


「冗談じゃない。

 魔物の肉だよ。

 例えば、食べれば魔力を吸収して活力がみなぎるとか。

 魔物の中にある魔力に影響されて、肉体が変質する。

 人を呪うという地母神の影響から、精神状態の変化。

 そういったトンデモを俺は期待してたんだ!」


「兄さん。

 それって、食料じゃなくて、毒だよね。

 毒見役に切れてたけど。最初から毒を摂取するつもりだったよね」


 まったく、サキスにはロマンが分からないらしい。



「でも、そんな状況になったらものすごくかっこいいだろ」


「それは、分かる!」


「これだから男は……。

 もしもそんな状態になったら、遠慮なくあんたらを家の外に叩きだすぞ」


「と、ここが自分の家でも何でもない女が我が物顔で言っている」


「なんか文句あるのケイデス」


「なら、私とケイデスお兄様が将来結婚すればいいの。

 そうすれば、危機的状況に陥ったお兄様を遠慮なく遠慮なく家から追い出せるのです」


 この子、笑顔でえぐいこと言いだしたんだけど!


「ねぇ、ケイデス。人の妹に色目を使うなんて言い度胸じゃないの」


「違う誤解だ。

 お前だって聞いてただろ。

 ナトラちゃんが好き放題言ってるだけだって」


「あんた! うちのかわいい妹じゃ不満だというの」


「なら、どう答えりゃいいんだよ」


 こうして俺たちは、ネトラに追い掛け回されたり。


 首切りウサギ肉を嫌がる面子の前で、おいしそうに肉を食らったり。


 いつの間にか俺の布団の中にもぐりこんできた、ナトラちゃんに驚いたり。


 それに気がついた、ネトラにまた追い掛け回されたり。


 騒がしい一日を過ごしたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る