第3話 同居、始めました

 広員とのお見合いは、あれよあれよと話が進み、同居することになってしまった。


 決まってから引っ越しまでわずか一日。片想いの女の子と同居という事態に発展しているというのにドキドキする時間もなし。


 部屋も引っ越しも、全部じいちゃんが手配してくれたため、迅速に終わってしまった。


 2LDKのマンション。お互いに自室があるのは、じいちゃんの中にもほんのわずかな気遣いがあったのか、それともたまたまなのか。──たまたまなんだろうなぁ。


「ほんとに俺、広員と住むんだよな……」


 引っ越した先の部屋は、昨日まで自分が過ごした部屋と間取りも、家具も、なにもかもが同じなので実感がわかない。


 だが、自室のドアを開けてみると、見慣れないリビングが広がることにより、俺は本当に引っ越して来たことを実感する。


「ここに、本当に、広員が……」


 リビングを挟んで向かい側の部屋。このドアを挟んだ向こう側に、片想いの女の子がいる。うわー……ここに来てドキドキがやって来やがる。


 カチャリと広員の部屋のドアが開くと、彼女が姿を現して更にドキドキが加速する。


「あ……緋色、くん」


「よ、よっ」


 なんとか冷静を装い、リビングのダイニングテーブルに腰を下ろす。すると彼女もなんとなしに俺の向かいに腰を下ろしてくれた。


 うわー、かわええー……部屋着姿の広員、かわいすぎー。


「ほんとに、一緒に住むんだね……」


 彼女の部屋着姿をこっそりと堪能していると、ポツリとこぼれた彼女の言葉。それは不安をこぼすような声に聞こえてしまった。


「広員も、おじいちゃんには逆らえない口か?」


 こちらの質問に対し、彼女は苦笑いを浮かべた。


「緋色くんも?」


「まぁな。大企業の創業者様だから権力がやばい。身内だけど、逆らえばどうなるかなんてのは親父を見ていてわかる」


「あはは……私も同じようなものだよ」


 似ている境遇にやたらめったら親近感がわく。こんなことなら、中学の時にその話題で盛り上がっておけば良かった。ま、中学生の男女が祖父母の話で盛り上がるはずもないか。


「おじいちゃんが急に、お見合いしろ、なんて言い出したからさ。それで……その……」


 言葉の後半から語尾が、ゴニョゴニョとなる。


「あー、なるほどな。どこの馬の骨の奴なんかわからん奴とお見合いなんてしたくないから、さっさと告白したくて教室で練習してたってか」


「そ、そそ、そうだけど……あ、あんまり口に出して言わないで、思い出しただけで恥ずかしいよぉ……」


 顔を覆い、頭から湯気を出す彼女。


「でも、どうして広員は簡単に俺と住むなんて肯定したんだよ」


 好きな奴がいるのに、好きでもない男と同居なんて普通しないだろうに。


「そ、そりゃ、その……い、言わせないでよぉ……」


 怒ったような、それでいて拗ねているような。そんな弱々しくもか細い声。


「悪かった。お互い、じいちゃんには逆らえないもんな」


 俺もそうだ。じいちゃんには逆らえない。だが、今回ばかりはナイスじじぃって感じだ。


 この同居で、広員の好きの矢印を俺に向けさせてやる。


 ♢


「とりあえずさ」


 片想いの女の子と同居して浮かれいるだけではだめだ。彼女の好きの矢印をこちらに向けるためにも、ルールはしっかりと決めなければならない。


「中学から仲の良いクラスメイトだとしても、お互いのプライベートの奥深くまでは知らないからさ。色々とルールを決めておいた方が良いと思うんだよね」


「そ、そうだね」


「料理、洗濯、掃除とかの家事関係とかさ」


 好きな人にアピールできるチャンスだから俺が全部やってあげたいんだけど、それだと相手に気を使わすことになる。


「はい」


 二人っきりなのに、わざわざ手を挙げて発言権をもらう姿勢がなんとも可愛いらしい。


「家事は任せて欲しいです」


「いや、そうは言うけど広員は生徒会長じゃないか。色々と忙しいだろ?」


 彼女は生徒から大人気の生徒会長。この可愛さで、人当たりも良いとなれば人気が出るのも頷ける。


「だ、大丈夫。やらせて欲しい」


 漫画やアニメの生徒会って忙しいイメージだけど、リアルはそうでもないのかな。


「そこまで言うなら、お願いしても良い?」


「うん♪ 任せて!!」


 やばー。かわいいー。こんな子が家事してくれるとか尊さがやばい。エモが限界値を余裕で超えてくるー。


「他にも色々と決めたいところだけど」


 俺はチラリとリビングにある時計に目をやる。もう晩御飯の時間だ。


「詳細は暮らしながら、おいおい決めることにしよう。腹減ったし」


「あはは。そうだね。あまりにも急展開だけど、お腹は空くよね」


「今日は出前でも頼もうか? 家事は明日からってことで」


「出前……えへへー、頼んじゃう?」


 たかだか出前を頼むだけなのに、とろけるような笑顔になる広員が可愛すぎる。


 こんな夢のような生活、この先楽しみでしかない。


 ──と、この時の俺は超楽観的に考えていた。

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