第8話 同じグループだね

 いつもと違う昼休みを無事にやり過ごして、六時間目――化学の時間になった。

 今日の授業は教室ではなく、実験室ですることになっている。


「実験の班は前に書いてあるからな。それの通りに座ってくれ」


 少し離れたところにある実験室に着くと、待ち構えていた先生にそう言われた。

 前の黒板に書かれた座席表を確認する。


 あ、あった――。

 四人班か、誰と一緒だろうか。


 詳しく見ようとしたその瞬間――。


「同じグループだから、よろしく……」

「掛田さん?」

「そう」


 背後から声が聞こえて振り返れば、掛田さんが立っていた。

 横には相変わらずの夏実もいる。


「よろしく」

「うん……」


 なんだか怒っているような声だったが、気のせいだろうか。

 まさか、本当にさっき茅根が言っていたことを考えられていたりして……。

 付き合ったことすらないから、本物がどうかは分からないけど、浮気をしているような気持ちに苛まれる。


「私も同じだよっ」

「あぁそうか」

「なんか反応薄くない? もう少しくらいは喜んでくれてもいいんじゃないかな?」


 夏実はいつも通りで安心する。

 先週掛田さんに幼馴染と知られてから、どうやら俺との関係を赤裸々にしている。

 俺が適当にあしらうと、指定された机に向かった。

 そこには、すでにもう一人の班員が座っていた。


るい――」


 俺が名前を呼ぶと微笑んで手を振ってくれる美男子。

 彼の名は、浅川あさかわ累。

 野球部に所属していて、将との繋がりから何度か話したことがある。


 それにしても、この高校の野球部には顔が良いヤツが多くないか?

 もっと暑苦しい人たちがいるものだと思っていたのだが、それはとんだ勘違いだったらしい。


「晴路と夏実と……風花、だよね。みんなで頑張ろ」

「そうだねっ、浅川くん」

「よろしくな、累」

「うん……」


 掛田さんの声が、今度は暗くなっている。

 まるで、何か気まずいことが起こっているかのようだ。


 ……あっ、思い出した。

 一年生の頃、噂で聞いたのだが、累が掛田さんに告白したらしい。

 その答えはもちろんというか『いいえ』で、累はかなりショックを受けたのか、落ち込んでいたのを見たことがある。

 その時の俺は累が成功すると信じていたし、クラスの人も信じてやまなかった。


 そんなことがあったなら、掛田さんがこんな顔をするのも致し方ない。

 そう思えば、累の声も頑張って出している元気さというのが見える気がする。


 まだ累は掛田さんのことが好きなのだろうか――。

 絶対に聞けない疑問が、ふと浮かんだ。


「横、いいかな?」


 夏実は一番に動き出し、断りを入れてから累の隣の席に座った。

 多分、俺と掛田さんを隣同士にさせる作戦だろう。


「わたしたちも座ろ」

「あぁ」


 掛田さんの一声で、俺たちは席につく。

 思えば、このグループのメンツは不思議でしかないな……。

 名簿順でもないし、規則性もない。

 まあ、先生が適当に乱数で決めたのだろうけど。


 その後、夏実の元気さと累の空元気さによって、嫌な雰囲気は段々と薄れていった。



   / / / / /



「亜鉛を入れたら、10分くらい待ちます。ゆっくりと変化していくので観察してくださいね」


 先生の指示通り、試験管に入っている鮮やかな青色をした硫酸銅水溶液に、銀白色の亜鉛片を何枚か投入した。


「綺麗な青だね。ラムネみたい」

「確かにそうだな」


 向かいに座っている夏実が、そんなことを言うから思わず共感する。

 左隣の掛田さんも、首を縦に頷いた。

 

「うん、良い色してるっつーか、美味しそうっつーか」

「風花、飲むか?」

「飲むわけないっしょ――」


 さっきまでからは考えられないほど、掛田さんと累の関係は良好だ。

 元々性格自体の相性は合っていたから、そのおかげだろう。


 しかし、なんだか不思議な気分になる。

 掛田さんが顔が良い男子と話していると、あの日の言葉は本当なのか不安になってしまう。


「そうだ、晴路。気になってたんだが――」


 試験管の中の亜鉛が赤茶色になっていくのを眺めていると、急に累がそんなことを言ってきた。


「――昼休みに一緒に食べてた女子たちって、どっちか彼女?」

「「「……!」」」


 俺は驚いて、試験管から視線を変えて累を見つめる。

 それは掛田さんも、夏実も同じだった。

 掛田さんや夏実から聞かれるかもとは思っていたが、まさか累に言われるとは、全くの想定外だ。


「どっちか彼女って、そんなわけないだろ?」


 思わず疑問系で返してしまった。

 掛田さんが「だよね、良かった」と呟いているのが聞こえた。


「……つまり、両方彼女ってことか!?」


 はぁ――。

 累、もう少し考えてから喋ってくれ。

 大声で言われたせいで、周りからの視線を感じるし、こそこそ話しているのも聞こえる。

 そんな訳ないだろ。


「割ヶ谷、まじ?」


 掛田さんまで……。

 みんなの誤解を解こうと、俺は大きな声で返した。


「あいつらはただの新聞部の部員だ。決して、そういうのじゃない」

「本当?」


 まだ掛田さんは、首を少し横に傾けて、心配そうな目で見てくる。


「気になるなら、茅根に聞いてみてくれ――。本当だから」

「良かった、つーか……さ」


 今度の掛田さんは明らかに『良かった』と言った。

 しかも、俺の左手を両手で包んできて、にこやかな表情になった。

 俺でこんな一喜一憂するなんて、累には悪いが、累に対する対応とは異なると実感して、なんだか照れてしまう。


「良かったって……?」


 言葉の真意を掴めていないらしき累は、首を傾げたままぽかんとしていた。

 一方、夏実は面白いものを見ているときの目をしている。


 とりあえず、掛田さんからの誤解は解けて良かったと安堵した。


 試験管の青色は半透明になり、沈殿した赤褐色がかなり見えるようになっている。

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