[短編小説]上手く動けなかった男の夜
よーすけ
[短編小説]上手く動けなかった男の夜
あの夢は何だったのだろう。
彼女に触れたくて触れられず、仕事場で何もできず、逃げようとした先で奪われる恐怖。
目覚めた今も、僕はこの世界で“上手く動けない”ままだった。
ああ、また欲望が現れたのか。そんなことも思いながら、僕は夢から覚める。
夢の中で、見知らぬショートヘアーの女の子と広く寒々しい部屋にいる。
まるで、凍えた僕の心のような部屋だ。
ベッドに横になりながら、2人で想い合い、仲が良いのか会話をしているところでシーンが終わった。
夢を見た。
大きな広い部屋で、ひとりの女の子と性行為をしようとしていた。
彼女に対して好いており、身体を密着させようとくっついていく。
僕も彼女から好かれているようで、うすら笑顔を浮かべる彼女と、一緒になろうとしていた。
そこでサッと場面は変わり、何故かスーパーにいる。
彼女は誰だったのか。
現実にいるあの彼女?
誰かに似ているようで、ぼんやりと違うよくわからない女性に向かって、僕は恋愛と性的興奮を覚えていたのは確かだった。
大きなスーパーで多数の女性、数人の男性と働いている姿が浮かぶ。
そう、誰も買い物へ行くであろう、どこにでもある身近なスーパーだ。
まだお店は開店前の準備段階らしく、みんなが慌てて品物が入ったオリコンや箱を運びながら、品出しをしていた。
私も商品を運んで売り場の前まで持ち運び、商品たちを並べ、綺麗に整えていた。
時間に追われ、綺麗に整え、品物が入ったオリコンは重い、そんなリアルに働く姿に、僕は共感を強く感じていた。
ただ、何故だかすぐにそれを辞めてしまったのか、はたまたもう終わらせたのか、僕は店内を少しウロウロし始め、バタバタ働いている人たちの中で特に何かするわけでもなく、少し困っている様子だった。
動けない自分。
言われたことだけしかできないわけじゃない。
進んで考え、自ら動くことはできた。分からなければ聞きに行けばいい。
でも行かなかった。
この環境に存在すること、働いていること、そんな中にいる僕の気持ちが、強く否定していた姿なのかもしれない。
そして場面は変わる。
数人の若い女の子たちと僕は、会議室のような白く清潔感のある広い室内で立っている。
ひとりずつなにかを発表している。
僕は何故か、どの女の子たちとも仲良くなろうとしているが、微妙な距離感を保たれ上手くいかず、その女の子同士たちが会話をしながら仲良くなっていく様子が窺えた。
場面は変わり、また同じスーパーに僕はいる。
店舗から出てきた僕は、店舗前の道路を歩き続け、このスーパーから逃げようとしていた。
もう嫌だとなにか思ったのか、合わないと思ったのか、働くことが辛かったのだろうか。
そんな僕に1人の男性スタッフが近寄ってくる。
あなたは正社員になろうとしているが、悪いけどみんなの気持ちも一致して、パートのままでいて欲しい。
正社員には今後なれることはない。
そんな言葉を言われたと思う。
話も終わり、僕はそのまま店舗近くの駐車場へ向かっている。
そこには僕の車が停まっているのが見えた。
白くて窓も大きい、少し前後に長さがあるこの車が、僕の所有者らしかった。
車に戻ると、車内には誰だかよく分からない若い男の子が運転席に座っている。
不思議に思いながら後部座席に視線を移すと、荷室に若い女の子がいた。
ふたりは笑いながら、なぜかお金のやり取りを始める。なぜだろう。
僕は、彼らにこれは俺の車だ!お前たちのものではない!と、怒って男の子を思い切り締め付けながら引き摺り下ろそうとしていた。
そう、僕だけの大切なもの。
そして、安らげる場所へ落ち着こうとしていたのだ。
そこで夢が終わった。
女性との密着、スーパーでの品出し、社員に否定される姿、会議室の女性たち、私物の車内にいた若い男女の存在と否定。
これらはなにを意味したのだろう。
確かに僕は、性欲もあり接客業として働いていた。車も持っている。
無意識、欲望、恐れと不安。
承認欲求、性の渇望、職場での不適応な姿。
奪われることへの不安。
繋がっていないようで繋がっているかのようなこのストーリーに、僕の心の奥に抱え込んでいたものたちが現れてきた。
そんな実感とともに目覚めた僕は、深く息を吸い込みながら、心を静めようとした。
この世界の僕は、今度こそ動いていけるだろうか。
[短編小説]上手く動けなかった男の夜 よーすけ @yousow0527
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