世界でいちばん君が好き!

通りすがり

学校でいちばん風が綺麗!

 チャイムが鳴った。

 いつもどおり、騒がしくなる教室のなかで、私はひとり、静かにノートを閉じる。


 その瞬間、耳に届く声があった。


 「ひなちゃん、今日も一緒に帰ろ?」


 その声が私の名前を呼ぶと、心のどこかが、きゅっとする。

 私はゆっくりと顔をあげた。


 「……別に、いいよ」


 無表情なままそう答えると、目の前の女の子がぱあっと笑った。

 木漏日 風――私の幼なじみ。くるんとした髪に、よく陽の光を集める目。まるで春の光そのものみたいな子。


 「よかった~。ひなちゃんと帰るの、今日いちばん楽しみにしてたんだよ?」


 「……風は、毎日そう言うよね」

 「うん! 毎日がいちばんなの」


 ほんと、意味わからない。けど……その笑顔を見てると、こっちまで顔がほころびそうになる。

 私はそれをごまかすために、ノートをもう一度確認するふりをする。意味もなく。



---


 帰り道、風が私の袖をくいっと引っ張った。


 「ねえ、手つなご?」


 「……どうして」

 「今日、ちょっとだけ風つめたくて~。あっためてほしいなって♡」


 「手袋すればいいでしょ」

 「ええ~、でも、ひなちゃんの手があったかいんだもん」


 ……もう、ほんと、そういうの、ずるい。


 ため息をひとつ。私は、仕方ないなとでも言うように手を差し出す。

 だけど、ほんとは、こっちの方が――ずっと、どきどきしてるんだ。


 「わ、あったか~い。ひなちゃん、体温高いんだね!」


 「そうかな……」

 「……あ、でも今日ちょっと緊張してる?」

 「えっ、なんで」

 「手、汗ばんでるよ?」


 「……!」

 さっと手を引こうとするのを、風がぎゅっと握り返してくる。

 「……やっぱり、ひなちゃんかわいい」


 「……かわいくない」

 「かわいいよ?」

 「……風の目、節穴なんじゃない」


 そんなふうに言い返すくせに、視線は外して、耳はほんのり赤くなってしまう。

 ――それが私、御塩 陽の、限界の“デレ”だ。



---


 風がうちに来ると、いつも勝手にくつろぐ。


 「ひなちゃんのお部屋~、落ち着く~」

 「うるさい」

 「ん~♡ 今日のひなちゃん、塩対応! でもそれがひなちゃん!」


 「塩じゃない。普通」

 「塩っけある名前のくせに塩対応ってウケるね」

 「……それ、二回目」

 「また言ってた? ごめん♡」


 風はへらっと笑って、ベッドに寝転がった。

 私はソファに座って、お茶を入れる。……そのとき、ふと思ってしまった。


 ――今日の風、スカート短かったな。リボンの結びも甘くて、なんか……無防備だった。


 「風さ」

 「ん~?」

 「……あんまり、スカート短くしないほうがいい」


 「えっ?」

 「見えてたら困るし」

 「ええ~? ひなちゃんが見てくれるなら、いーけど♡」


 「ば、ばか」

 「ふふっ、ひなちゃん、耳まで赤い~!」


 「……別に。普通に注意しただけ」

 「でもそうやって“自分だけが見ていい”って言ってるのとおんなじだよ?」

 「違う」

 「ちがくない~♡」


 そんなふうに無邪気に笑うから、私はときどき、心配になる。

 風があまりにも無防備で、可愛くて――ほかの誰かに持っていかれそうで。



---


 夕焼けが、部屋を茜に染めるころ。


 「ひなちゃんって、なんでそんなに優しいの?」


 「優しくない。普通」

 「うそ。風にはすっごく優しいもん」

 「……風だからだよ」


 「えっ?」


 言ったあとで、はっとなった。口が勝手に……。

 風が目をぱちぱちさせて、まっすぐ私を見る。


 「……え? それって、どゆこと?」


 「……風、ほんとに無自覚すぎる」

 「わかんないよ。ちゃんと教えて?」


 私は立ち上がって、カーテンを閉めるふりをした。

 風の目を、まともに見られなかった。


 「好きって、言ってるようなもんだよ」


 「――え?」

 「だから、もうちょっと気をつけて。あんまり、あざといと……」

 「……あざといって、やっぱりそれって、恋のこと?」


 返事はしなかった。

 けど、私の顔はたぶん、さっきよりもっと熱かった。



---


 風が帰ったあとの部屋に、まだ、彼女の香りが残っている。


 クールぶってるくせに、ばかみたいに顔がにやけてしまう。


 「……ほんと、好きすぎる」


 私はぽつりとつぶやいた。


 ――御塩 陽、ただいま絶賛片想い中。


 でも、たぶんこの恋は……まだ、終わらない。

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