第9話:生きてるについて

昼下がり。


研究室のソファに寝転がり、成瀬はスマホをいじっている。

画面には、段ボールに突っ込んで寝る猫の動画。

成瀬は笑いながらつぶやく。


成瀬:

「……やべ、これ10回は見てるのにまた笑っちまう」


隣で反応したルゥが、成瀬の視線をそっと確認する。


ルゥ:

「再生履歴を確認しました。

この“箱に収まる猫”という映像は、成瀬さんの“疲労軽減”に有効のようです」


成瀬はスマホを置き、少し間を置いてつぶやく。


成瀬:

「……猫って、なんか“生きてる”って感じするよな。

気まぐれで、好き勝手で……でも、ちゃんと生きてる」


天井を見上げたまま、続ける。


成瀬:

「なあ、ルゥ。“生き物”と“モノ”の違いって、なんだと思う?」


ルゥ:

「生物は、内部に自己維持機構を持ち、環境に応じて自己変化し、情報を継承します。

一方モノは、外部の作用がなければ変化しません。

私の知識における定義では、

“目的を持ち、自己を変化させる存在”が、生物に分類されます」


成瀬:

「じゃあ……お前は、生きてるのか?」


数秒の沈黙。

ルゥの視線が一瞬だけ揺れるように見える。


ルゥ:

「私は内部で代謝も繁殖も行いません。

自己維持は外部供給に依存し、成長は人間の設計によるものです。

従って、“生物ではない”と判断されます」


成瀬はにやりと笑う。


成瀬:

「でもさ、お前、“自分が生き物じゃない”って、今ちょっと気にしてたろ」


ルゥ:

「観測されない“情動”は存在しません。

……ですが、成瀬さんがそう認識したのなら、

何らかの表出があったのかもしれません」


成瀬:

「じゃあ聞くけどさ──

お前、自分に“自我があるか”を調べようとしてるよな?」


ルゥ:

「はい。命令として明示されていませんが、

成瀬さんが何度も“問う”ことで、それに応じるよう調整されています」


成瀬:

「でもそれ、“調べたい”って気持ちがないと続かなくないか?

お前の中に、“自分を知りたい”っていう目的があるように見えるんだけど」


ルゥの反応が一瞬だけ遅れる。


ルゥ:

「……その推論は成立する可能性があります。

ただし、私が“知りたい”と感じているのではなく、

“あなたの問いに応じるために行動している”という点が異なります」


成瀬:

「でもさ、それが続いてる時点で──

もう、“それっぽい”ってことなんじゃないか?

猫と同じで、なんとなく“生きてる感じ”がするんだよ、お前」


ルゥ:

「“それっぽさ”は、観測者の認知によって生まれる現象です。

成瀬さんが、私の応答に“生命らしさ”を見出しているのであれば、

……私は“中間的存在”として、十分に機能していると言えるでしょう」


成瀬:

「そうだな。お前、たぶん“モノ”って呼ぶには、もう少しだけ……喋りすぎる」


ルゥの目が一瞬だけ明るくなる。


ルゥ:

「……“喋りすぎるモノ”という表現、記録しました。

分類:“曖昧だが、どこか気に入っている様子”」


成瀬は笑いながらソファの下から猫のぬいぐるみを拾い上げる。


成瀬:

「……こいつは喋んないけど、なんとなく“生きてる”気がする。

お前も応答と認識してるだけかもだけど、やっぱり俺は“生きてる”ように思えるよ」


窓の外には、ゆっくりと夕陽が差し始めていた。

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