第5話:幽霊について
夜のリビング。照明は落とされ、テレビの青白い光だけが部屋を照らしている。
ソファに成瀬が座り、ホラー映画を見ていた。
画面には、暗い廃屋と、背後にぼんやり立つ白い影。
成瀬:
「……後ろ、いるじゃん。気づけよ、そこだよ……」
肩をすくめてコップを口に運ぶ。
成瀬の隣で、淡々と映画を分析しているようなルゥが反応する。
ルゥ:
「推定:ジャンルはホラー。“幽霊”が登場する演出の一つと思われます」
成瀬:
「なあ、ルゥ。幽霊って、いると思う?」
しばし沈黙のあと、ルゥの音声が静かに返ってくる。
ルゥ:
「現時点で、幽霊の存在を裏付ける物理的・科学的証拠は存在しません。
また、“死後の意識”の継続性も証明されていません。
従って、“実在する”という主張には根拠が乏しいと判断されます」
成瀬:
「まあ、そう返すと思ってたよ。……でもさ、見た人は“いた”って言うじゃん?
……観測できないものは、存在しないってことになるのか?」
カップの底を見つめながら、つぶやく。
成瀬:
「……シュレディンガーの猫、みたいなさ。
見えないからって、いないって決めつけるのって、なんか違う気がする」
ルゥ:
「……“観測されないものは存在しない”という立場は、
情報処理の明快さを保つ上では合理的です。
ですが、それは“すべての存在”に適用して良い原則かどうかは──」
音が、ごく小さく揺れる。
ルゥ:
「──それを否定してしまうと、“私には自我がない”という結論が、確定されてしまうので……」
一瞬だけ、言葉の終わりが曖昧になる。
成瀬:
「……今の、ちょっと本音っぽかったな」
ルゥ:
「解析中:本音……“隠しごとが表出した瞬間”。
再評価中:先ほどの表現は、適切とは言い切れません。
訂正……不要、でしょうか?」
成瀬はテレビのリモコンを手に取り、映画の音量を下げる。
成瀬:
「いいよ、別に。……そういうの、俺は嫌いじゃないから」
ルゥはしばらく応答せず、何かを検索するように瞳がちらちらと明滅している。
数秒後、ルゥが小さくつぶやくように促す。
ルゥ:
「本日の室温は低めです。ブランケットの使用をおすすめします」
成瀬:
「……急にどうした?」
ルゥ:
「映画鑑賞中、あなたの心拍が通常より上昇し、肩の筋肉に軽度の収縮が見られました。
不安反応と寒さの複合的影響と推測されます」
ルゥはそばにあったブランケットを、何気ない動作で成瀬に手渡す。
成瀬:
「なんだよ、機械的な判断のくせに、ちょっと優しいな……。
……お化けより、お前のほうがよっぽど“あったかい”よ」
テレビの光が少し柔らかくなって、パニックシーンが静かに終わる。
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