お嬢様、冒険はじめました
初雪しろ
プロローグ 理不尽な婚約破棄
「ちょっと、どういうことよ!?」
学院の卒業も間近に迫った日のことだった。
今日の講義がすべて終わった後に婚約者に呼び出されて足を運ぶと、突然に婚約破棄を告げられた。
あまりにも一方的であり理由もわからないそれに私は声を上げていた。
「今言った通りだ。君との婚約はなかったことにする」
「な、なぜ? 私がなにかした?」
自分で言うのもおかしいが、今日まで私は彼に尽くしてきたつもりだ。少なくともここ数日だけで急に心変わりしてしまってもおかしくはないようなことをした覚えはない。
「いや、君は何もしていないし悪くない。だが、この婚約はそもそも親の勝手に決めたこと。僕達の意思はどこにもなかった」
「それは……でも、私は――」
「君が僕に愛を向けてくれていたことはわかっているつもりだ。だが、僕は自分が自分の意志で愛するということを知ってしまった。本当の愛とはこれだと!」
「は……?」
なに、それは。
確かに私達の婚約は親同士が決めたものかもしれない。それでも、私は……。
「これは本当の恋をした人にしかわからない。だから、君もそういう相手を出会うべきだ……僕はそう思う。だから、僕達の婚約はなかったことにする。それが本当に幸せになるために必要なことなんだ」
彼は私の肩を掴んで説教でもするかのようにいってくる。ただ、その顔は真剣なものだと私は知っていて、嘘でもないと嫌でもわかってしまった。
それでも、認められるかと言われたら……。
「意味がわからないわ! そんなこと言われたって知らない。私はあなたのことを――」
「それは作られた愛だ。親に盲目に従うだけの子どもの恋愛ごっこだったんだ。君もそれに気づくべきだ」
「ふざけないでよ!」
私は叫びながら、その手を振り払う。
「私は……始まりがどうであれ愛していた。そこに嘘はないのに……これが嘘なんてあなたが決めないで! そんな身勝手が許されると思ってるの!?」
「許されるとは思ってないさ。それでも、気づいてしまった……すまない」
彼はそういって去って行った。
追いかけることもできるはずだけれど、私はそんなこともできずただその場に立っているので精一杯だった。
「本当の愛? ……ふっざけんなー!!」
★☆★☆★
マリア・ライアート。年齢は今年で大人扱いされることになる16歳になる。
綺麗に整えていた長く明るめの金髪がトレードマークだったのライアート家の次女。
物心ついてから先日まで親同士で決まった婚約者を愛し尽くしていた。
だが、そんな人生は唐突で理不尽な本物の愛とやらによって打ち砕かれた。
数日後 私は婚約者に褒められることも多かった髪の手入れも雑になり目にもくまができていて、さながら死んだ目で過ごしていたらしい。
らしいというのは、いろいろな感情がパンクしたせいかあまり記憶がなく後で聞いた話だから。単純に起きたり学院にいったという記憶はあるけれど、授業で何をしたかとか昼に何を食べたかとかは覚えていなかった。
婚約破棄されたあの件については、まだ誰も知らないのか特に学院の空気は変わらず全寮制であることから、私も親に連絡を入れるべきだがそんな余裕もなく休日になり泥のように眠ってすごしたところで、ようやく少し落ち着いた。
そして次に学院に登校した日のこと。
朝の定期連絡の時に、婚約者だった彼が学院を辞めたことが伝えられた。
私も初耳の話で確認を取りたかったが、それ以上に卒業を間近にして婚約者がいなくなったことで周りから心配というなの質問をされてそれどころじゃない1日になってしまい――。
授業が終わると教員に呼び出されて、会議などに使われている部屋へといくとなぜかお父様が来ていた。
いや、なぜかではないか。私が言わずとも婚約について何かなければ、学院を辞めるなんてこと普通はしない。
「マリア……大丈夫か?」
「大丈夫ですけど」
「本当に大丈夫か!?」
「正直、戸惑いは残ってますけど、起きてしまったことは仕方ないですし」
心配して前のめりになっているお父様を落ち着かせつつ席につく。
部屋にいたのはお父様とそのお付のメイドだけ。
「先程まで学院長と話をしていてな。だが、詳しいことは実はわかっていないのだが……本当なのか?」
「本当……だと思います。私もようやく受け入れられてきたばかりなので、混乱は残っていますが」
私はあの婚約破棄を告げられた日のことをお父様に伝える。
「むぅ……親のエゴを押し付けすぎたのだろうか」
「いえ、お父様は悪くはありません。たしかに、私が彼を最初から愛して始まった恋ではなかったかもしれませんが、少なくともあの日まで私は彼を愛していました」
今となっては、私のこの気持ちも自信は少しなくなってきているが。
「そうか……実はな。学院からは辞めたと言われただろうが、あやつはこの前の休みに一度家へ帰ると寮から許可を取ったあとに、行方をくらましたらしい」
「え?」
「私の盟友であるあやつの父が家へと来て謝られてな。なんのことかと思えばこの状況だ」
「そう、ですか……つまり、駆け落ちですか?」
「そのようだな。あやつは寮を出て家に文を一通だした後に行方をくらましたようだ。それで、私も詳しいことが知りたかったことと、お前が大丈夫かと思ってここにきたわけだ」
本当の愛に駆け落ち……一体いつから?
今更だけど、なんだかんだで一緒にいる時間は長かったはず。寮は男女が別ではあるけど、学院にいる時間は多くをともに過ごしていた。
「学院長ともさきほど話して、どういう流れで婚約破棄に至ったのかについては、本人たち以外は知らないことだと言われたのだが――駆け落ちについては、他に寮から消えた生徒や学院にこなくなった教員はいないから外部の相手だろうということらしい」
「外部……」
「おそらくな。そうなると、相手から今のあやつの場所を探すのも難しそうだ」
外部――授業後なら別の国などへ行ったりするのには申請が必要だけど、学院のあるこの城下町に行くのに許可は必要はない。門限さえ守れば接点はいくらでも作れる環境だった。
でも、授業後だって私は一緒にいる時間は――あれ、そういえば卒業試験が迫ってきて、お互い苦手分野を克服するにはとかなんとかいって半年ほど前から、授業後の時間は個々で勉強する日も増えたような……。
そんなに前から……?
私の中の混乱・絶望という言葉が適切と思っていたここ数日の感情が徐々に怒りに変わっていく。
そして、同時にあの男のことをなぜ好きだったと思っていた部分でさえ、魅力だったのか疑問に変わっていく。
本物の愛というものはたしかに知らないけど、長い間過ごして紡いできたことでそれは愛になっていたはず。こんなことがなければ、それはそのまま本物の愛になっていたと思う。
「お父様、今回の婚約は正式になかったことであっていますか?」
「え、いやまあこうなってしまっては……家同士の関係に関してはお前が気にすることはない。ただ、あやつ自身についての処遇については、お前の気持ちも聞いた上で考えたいとは思うが、どうしたい?」
「なんといいますか……どうでもよくなりました」
「え?」
「正直、あの男がどれだけ苦しんだとしても、私の苦しみが消えるわけでもないですし。今後、関わることがなければ私は構いません。家同士のことについては、お父様達の仲もありますしお任せします」
「そうか……わかった。ただ、お前にも迷惑が少しかかるかもしれん。親同士の仲は良好な部分もあるが、家同士のことは対面もあるからな」
「わかりました」
駆け落ちは予想外だったけれど、なんか吹っ切れた気がした。
半年も前から兆候があったのに気づかない自分にも驚いたけど、仕方ない。
私はその後にひとまずは学院を卒業してから、その後の細かなことについては決めていこうと話をしてから部屋をあとにした。お父様はこのあと改めて学院長と話してから帰るらしい。
しかし、吹っ切れたところでこれからどうしようかな。
これまでずっと婚約したあとのことを想像しながら生きてきたせいで、何も想像がつかない。
学院で簡単な魔法や知識は蓄えたけれど、それを活かせるかどうかと聞かれると。
「まあ……まずは卒業かな」
夕日が沈みかけた寮までの道を歩きながら、私はそう呟く。
こうして、婚約のために生きた16年感は良くない形で幕を閉じた。
そして、先の見えない新たな人生が始まる。
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