おてんば姫と誓いの従者

ruki

『おてんば姫と従者の朝』

大陸一の王国、ヴァルモント王国――

その中心にそびえる白亜の城には、“おてんば姫”の名をほしいままにする王女がいる。

名は、リリアーナ・ヴァルモント。

十六歳にして第一王位継承者、気品・才知・美貌をすべて備えた王国の至宝――

……と、文献にはそう記されている。


だが、彼女を最もよく知るひとりの少年は、今日もこうつぶやく。


「……いや、ただのワガママで手がつけられない悪友だって」


彼は、今日も“姫”の呼び声を聞きながら、王城を歩く。




「姫。朝のご公務です。すでに十七分遅れています」


「やーだー!あたし今日は寝不足なのー!」

ベッドの上で寝返りを打ちながら、布団に顔を埋める。

「書類の確認とか退屈すぎるし、どうせお父様も見ないでハンコ押すくせにぃ~~!」


「……その“ハンコ”を押す立場になるのが姫様です」

少年はわずかにため息を吐くと、慣れた手つきでカーテンを開けた。

窓の外からは、まぶしい朝陽が差し込む。


「ん……まぶしい……レンのいじわる……」


「起きたなら着替えてください。今日は外から来客もあります」

「やだ。レンが代わりに行ってきて」

「じゃあ、“姫”の格好してください」

「……やだ」

「じゃあ行きます」

「……もーっ!!」




「……あーあ、ほんとヤだ。書類なんて燃やせばいいのに」

「またそういうことを言う。記録係が真に受けますよ」


王城の長い廊下を歩きながら、少年と姫はまるで漫才のように言葉を交わす。

周囲の使用人たちはその様子を冷ややかに見ていた。

“使用人風情が姫に口答えを”

“どうしてあれが許されているのか”

そんな声が聞こえてきても、少年は眉ひとつ動かさない。





「……以上、本日の王政評議に関する各案について、姫の承認を得ました」

「うむ。よくやったな、リリアーナ」

王の声が響き渡ると、謁見の間の空気が少しだけ緩む。


玉座の横に立つ姫は、完璧な微笑を浮かべて一礼した。

動作に淀みはない。言葉も、視線も、すべてが“王女”としての振る舞いだった。


だがその背後――

一歩下がった位置に、黙って立つひとりの少年の姿を見逃す者はいない。


“ローレンハルト・アーデルン”

姫付きの従者。

だが、ただの使用人ではないと、王宮中の誰もが知っていた。





「ふあぁ……つ、疲れたぁぁ~~~っ!!!」

ベッドにダイブしたリリアが、クッションを抱きしめて悶えるように身をくねらせた。

「もうイヤっ、あたし王女やめたい、従者になりたい~~!」


「それはそれで誰かが“お世話”することになりますが」

「その役、レンがやってくれる?」

「絶対に嫌です」

「ひどっ!!」


レンは、姫のために淹れたハーブティーをナイトテーブルに置き、静かに腰を下ろす。


「でも……あたし、ちゃんとできてた?」

ぽつりと、天井を見上げながらリリアがつぶやいた。

「今日の姫様は、王女として完璧でした」

「ふふん、やっぱりね。……レンがいたからだけど」



「ねぇ、レン」

ふいに、リリアが横を向いた。

「“ローレンハルト・アーデルン”って、いつあたしが名付けたか、覚えてる?」

「……忘れるわけないだろ」

「ははは♡」


クッションに顔を埋めて笑う姫の表情は、

“姫”でも“王女”でもない、ただの“リリア”だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る