旅館『宵待』にて その二
「神社に行っちゃだめなのね?」
「そうです。どのみち立入禁止になってると思います」
注意ごととして、例の行方不明の件を話しておく。好奇心を刺激したくないけれど、言わなかったせいで巻き込まれるのは避けたかった。もしかしたら、言わなければよかったってことになるかもしれないけれど。いやぁ、ならないでしょきっとたぶん。
「何が起きたのかしらね」
「道がつながったのかもね」
「門が神社の裏手にあるということ? 大丈夫なのかしら」
「大丈夫じゃないんじゃないですかねぇ。お役所が動いてるみたいですよ」
俺の言葉を横に、三人は荷物を広げながら、かしましく盛り上がっている。
麗しき稀人さまたち。
さらりとした長いストレートヘアが美しく明るくて人当たりのよい性格の
キリッとしたアーモンド型の瞳に高い位置で一括りにした髪型が凛々しい、なんなら性格も凛々しい
緩やかな髪を後ろで結わえお姉さんみの強い、落ち着いていて温厚な
本当はもう少し小難しい長い名なのだけれど、うちの旅館にいる間はそうお呼びするように承っている。
最初の頃は別々でいらしていたが、近年は三人で予定を合わせて来てくださるようになった。元気で明るくて、ちょっとだけ騒々しい、そんな常連客さま方だ。
とにかく俺の語彙力じゃあ太刀打ちできないくらいに美しくて、麗しい花たちなのだけれど。
男性客とのトラブルだけは、本当に気をつけないといけない。もうこれほんとこれ。
加えて言うなら、ちょっかいかけてくるのがうちの客じゃない時もある。彼女たちは出会いを求めて来ているわけではないため、基本的には男側が原因だから
でもせっかくの旅行に水をさしたくない。起きないに越したことはないのよ。楽しい女子じょしい旅行に男はいらんよな。
そんなことを思いつつ、もう一人のお客様へと視線を動かした。
随分と静かなもんだ。部屋の隅の畳の上で、鞄を側に置いてちょこんと座っている。
本日初めてのお客様は、まだ名も知らない。初めてだから緊張してるのか、いや、でも緊張するような人と旅行に来るかね。もしかして俺に人見知りしてるのかな。
御三方は美しい印象だが、ご新規様は可愛らしい印象だ。小柄で少しまろみがある姿が小動物を思い出させる。子兎か、小リスか、はたまたハムスターか。瞳は丸くてぱっちりしているし、ふんわりとした柔からな色味の髪はとても雰囲気にあっている。白いうさぎというよりも茶色のうさぎ、ハムスターのようなふわふわころんとした雰囲気も醸し出している。少し緊張している様子も小動物っぽさに拍車をかけているようだ。
足首に柔らかさを感じて視線を落とせば、お猫さんがするりするりと身体を寄り添わすように俺の足の間を通り抜け、ご新規様の元へ甘えるように寄っていった。残り香のように先まで触れていった尻尾が恋しくなる。もう一匹もう二匹と集まって、彼女の周りは小さな寄り合い所と化していた。
お猫さんのこと、嫌いじゃなさそう、よかったなぁ。恐る恐るながら優しく撫でる様子を見て、俺は微笑んだ。
「基本的な注意事項はいつもどおりです。
戸締まりはきちんとすること。これは常識ですからね。
出かける際は母屋に寄って伝えてください。その時、離れの鍵がかかっているか、こちらで確認しておきますから、かけたかどうかで不安になりすぎないように」
三人は楽しげに、はーいと手を上げる。ご新規様もこくりと大人しく頷いた。
「ということで鍵ですよ。それからこちらは、連絡用の携帯電話。迷子になったり、食事に間に合わないなどあったらご連絡くださいねぇ」
はいどうぞと、離れの鍵と、旅館管轄のスマホを渡す。
「出先で不安やトラブルがあれば、気軽に連絡してくださいね。けして自分たちで解決しないように。わたしたちとの約束ですよ?」
再び声と手を上げる三人。ご新規様も少しだけ手を上げてくださった。ちょっと馴染んでくれてるかなと少し安心する。お猫さんの一匹が馴染み過ぎて、もう膝に乗っていた。
「現段階で相談事はありますか?」
「バーベキューしたい! いつからできそう?」
咲耶さまが声をあげる。
バーベキューかぁ……。
ちらりと掛け時計を確認する。
今はまだ夕刻というには早い時間だ。今から最速で山を降り、特に必要そうな材料を買ってくれば、今ある材料と合わせてバーベキューは十分できる。
夕暮れから始めるのも乙なもんだ。薪の火に照らされながら、空を見上げればやがて星も見えてくる。日が傾けば山風が涼しさを与えてくれるだろう。
悪くない、悪くはないが――。
おそらくこのお嬢様たちが求めているのは、もっと騒がしく賑やかで楽しいものだろう。
夏の終わりとは言え、まだまだ強い日差しの中、熱い火に晒されつつも肉を焼きがぶりと頬張る。そういうザ・バーベキューを求めているのではないかな。
材料を不足なく用意し、肉も野菜もたくさん串に刺して、暑さを堪能したら良く冷えたビールやジュース、なんだったら麦茶や水でもとにかくうまい、それに冷たいアイスなんかも楽しめる。そういう建物の傍らならではの魅力も味わってもらいたいな。
四人もいるなら、たくさん材料を用意できるし、いろんな種類も用意できる。食べきれなくても残りは淡墨と俺で食べればいいし。
「早ければ、明日の昼ですかね」
「じゃあそれで。今晩はここでいただける?」
「両方とも承りました」
それ以外の簡単な連絡事項を伝えれば、ご案内は終わりだ。突発的なことは、ほんと神社くらいかな。
そうやって不足はないか考えていると、姫さまが顔を覗き込む。
さらりとした長い髪が肩から落ちて、ほのかに柔らかい花の香りを感じた。パチパチと数回瞬くその瞳は、淡い茶色で光の加減で少し赤みが増す。周りを囲う長いまつ毛がほんのりと淡い桜色に煌めいていた。
そんな美しさへ微笑み返しながら、俺は尋ねた。
「どうしました、咲耶さま」
「大事なことを忘れているでしょ。『名呼び』をしてちょうだい」
あ、忘れてた。
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