とある少女。とある少年。放課後にて。

梟の剣士

七夕なんて、クソくらえ!

今日はどこで遊ぶ? ん~、カラオケにしよっ。いいね!○○駅の前のとこにしよ!


部活だりーなー、休みてー。 でも、今日は外部講師の先生が来る日だぜ?

マジ⁉ほら、さっさと行くぞ! いや、お前が駄々こねてたんだろ......。 

るっせ!さっさと行くぞ! あーはいはい。ったく、しょうがねぇなぁ。


キャラキャラとした声が聞こえる。その声がどうしようもなく鬱陶しい。

彗星すいせいはそう思って、雲一つない快晴にあわないため息をつく。

(なんでコイツらは放課後も元気一杯アン○○マン状態なんだろ。)

まあ、いつものことだ。そう割り切って立ち上がり、帰り支度を進める。

本来、帰りの会の前までに支度を済ませる人が大多数だ。

だが、少々荒っぽい態度に反して面倒見がよい彼女は、掃除の後始末なども率先してやるせいで教室に戻ってから支度の時間が足りなくなる。

その為、いつもこうしてはしゃぎまわる鬱陶しくも可愛らしい仔犬達こいぬたちの声を聴きながら気だるげに帰り支度を進める羽目はめになっている。


ガラガラ。「......あ、居た、彗星すいせい。準備できたか?早く部活いこーぜ。」


声の主に目を向けると、悪友とも言える友人がいつも通りにいた。

さっきまで聞こえていた、鬱陶しくも可愛らしい仔犬達の声とは違い、凛とした空気の声に少し気がやわらぐ。


「ごめんまだ。あと、今日は自販機で水買ってから行くから先に行ってていーよ。」

「あー、俺も買いに行くつもりだったから待ってる。」

「ありがと。」

「ん。」


現代の若者らしい会話。きっと干からびたサラリーマンがこの場にいたら青春パワーで消えるのだろうな。

あまりにもくだらないことを考えながら、残っていた給食セットと筆箱×2と手帳を、てぺぺっと詰め込む。


「準備できた?そういや、今朝みたらスポドリが売り切れてたんだよな。どーしよ。」

「うえっ。マジか。まー、水があるならセーフ。大丈夫だいじょぶ。」


そんな会話をしながら自販機に水を買いに行き、部活の活動場所の剣道場に向かう。

僕と違って会話の種をいくつも持っている彼は、話を途切れさせない。


(本当、凄いよなぁー。心の底から尊敬する。)


きらめきをもった尊敬の眼差しを向けても一向に気が付かない。そんなところも鈍感な彼らしい。きっと一生、気が付いてはくれないのだろう。


どれだけ彼に感謝をしても。

どれだけ彼に救われていても。

どれだけ彼に友愛を向けようとも。

どれだけ彼を、好いていようとも。

どれだけ彼が、愛おしくても。


......愚問だと思うこの考えを彼の前で何度繰り返しているのだろうか。

こんなだから友人の天海アマミにもグダグダ言われるのだろうな。


「おっ、カップルのおでましじゃーん!今日もイチャイチャしてるね!」


思考回路をぶった切られる。それと同時に、とてもとても嫌な予感がする。

この場所で、このシチュエーション。


|д゚)チラッ(/ω・\)チラッ......スウッ


(.....ですよね!しってたわクソが!)


鬱々とした空気をぶった切ったのはお隣、柔道部所属の恋バナ大好きで有名な

よすがちゃんだ。


そう、恋バナ。

はっきりと宣言しよう。








僕は、恋バナが苦手だ!






今まで恋愛関係の経験を積まなさ過ぎて恋愛レベルはlevel1のひよっこであり、元来の性質としてハチャメチャな初心の為、恋バナを聞いているだけで顔が赤くなっちゃうような人間なのである。

あまりに不慣れな恋バナを出会い頭とまではいかないが、瞬時に開始しようとしてくるこの子はどうしても、どうっしても!

......産まれたての子鹿のように(内心が)プルプルしてしまうのだ。(この間、0.5秒)

つまり、



キャラクターが崩壊しちゃう☆作風が崩壊しちゃう☆



ヤバイバイバイヤババイバイ!餌食にされる!餌食にされる!

くらえ!必修科目の爆破アイテム!(この間、1秒。)


「そういう君はいつも君の想い人とイチャイチャしてるよね。」

(チュドオオォォーーーーン!)

(クリーンヒットォォー!大☆爆☆発☆!)

「えっっ////♡ ちょっ、そんなことないけど/////♡――」

(ペチャクチャ クネクネ)


説明しよう!彼女は自分の話になると途端にクネクネしだして語り始めるのだ!

そして、クネクネしだしたタイミングのみ周囲がみえなくなる習性がある。

その間にそそくさと剣道場に逃げ込んで冷静さを取り戻し、キャラクター崩壊タイムを終了する。


それはそうとして、


「ああいうとき、途端に空気になるのはズルだろうよ?なあ??」


へらへらとした笑み浮かべる彼をジトっと睨む。


「ごめんって。ほら、ちゃちゃっと道着に着替えようぜ!」

(不服!)

「俺はもう着替えるからな。」


トストス ドサッ シュルシュル


男子更衣室は不思議な伝統により引き戸が閉じられることがほとんどない。

夏が始まった、という時期に汗にまみれた狭く閉じ切った室内で着替えることがどれ程の暑さと悪臭による苦痛か重々理解している人間としては強く注意はできない。

が、それはそうとして、


(着替えている音が丸聞こえだし!男子更衣室の前を通らないと女子更衣室にいけないから若干みえてしまうし!若干どころか肩とか普通にみえるし!大変気まずい!)


想い人が着替えている瞬間がチラ見えしてしまうとか、思春期真っ盛りの中二病患者が何も思わないわけがないのである。


必死に真顔を貫きながら女子更衣室に入ると今日も清水しみず先輩がいない。

一つ上の学年の清水先輩は、中学剣道部で唯一の女子の先輩だ。

だから、清水先輩がいないと中学女子剣道部員は僕ただ一人になってしまう。

しかも、男子の先輩達は高身長の方が多く、比較的小さい僕ではあまり立ち回りの参考にできないのだ。


だから、本当はもっと来て欲しいが、如何いかんせん猫と表現するのが似合うような人だからあまりきてはくれない。


本人的には頑張ってきているそうだが。


そうこうしているうちに道着へ着替え終わり、更衣室からでると丁度風が吹く。

日本の夏特有のぬめっとした湿気を帯びた空気に頬を撫でられる。

鬱陶しい。どこにいても常に何かしらが鬱陶しくてどうしようもない。

湿気で濡れている周囲とは裏腹に、心だけがざらついていく。

その感覚でさえ鬱陶しくてたまらない。


ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ


入口や更衣室のある壁に背を向け鬱陶しさを払うために竹刀を振り下ろすと、風切り音が心地よい。


......そろそろ、稽古の時間になる。防具をつけて準備をしないと。


剣道では、基本的に防具をつけて稽古をする。ここで正しく、そして美しく着装することが重要だ。一年もたてば慣れたもので、するすると手が勝手に動いていく。

この時間は自分にとって大切な時間だ。

普段の自分と、剣道を通して人として成長する為の自分。その二つを切り替える為のちょうど狭間にいる時間。

こういう時間だけが真に心が落ち着いていられる。

その状態のまま、ふっ、と意識を切り替える。


立ち上がる頃には、あの子への恋心というは消えていた。

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